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地震直後から陣頭指揮 旧山古志村、復興つなげる

東日本大震災

地震直後から陣頭指揮 旧山古志村、復興つなげる

更新 sty1708190008
2005年9月、「山古志」と書かれた上着を着て国会に登院する自民党の長島忠美氏 2005年9月、「山古志」と書かれた上着を着て国会に登院する自民党の長島忠美氏
2004年11月、復旧工事が進む新潟県山古志村(現長岡市)の道路を視察する長島忠美村長(右)
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2004年11月、復旧工事が進む新潟県山古志村(現長岡市)の道路を視察する長島忠美村長(右)フルスクリーンで見る 閉じる

 18日に死去した長島忠美衆院議員は、新潟県旧山古志村(現長岡市)の村長だった2004年10月、新潟県中越地震に遭った。被災直後から陣頭指揮を執り、全村避難を即決。強いリーダーシップで村民を引っ張り、その後の復興につなげた。
 最初の揺れが襲った同年10月23日、ライフラインや防災無線を断たれた。電波の届く山頂から県庁に電話をかけ続け、ようやくつながったのは24日早朝。「助けてください」。県知事に当選し、就任を控えていた泉田裕彦氏に訴えた。
 25日早朝、震度5強の揺れに襲われると、すぐに全村避難を指示した。「『村を捨ててください』と言っていると思われるかもしれず、つらかった」と、その後の取材で振り返っていた。村民の命を最優先に動いた。 村は05年4月、長岡市に編入合併。その後は市の復興管理監として地域を見守り続けた。
 国政に活躍の場を移してからは、08年の岩手・宮城内陸地震や、11年の東日本大震災でも被災自治体を視察。要望を国に伝えるパイプ役として注力した。

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