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日野原重明氏死去 105歳の医師、存分に生ききる

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日野原重明氏死去 105歳の医師、存分に生ききる

更新 sty1707180006
 ミュージカル「葉っぱのフレディ」の脚本を書き、葉っぱを演じる子どもたちと記念撮影する日野原重明さん=2004年、東京都内のホテル  ミュージカル「葉っぱのフレディ」の脚本を書き、葉っぱを演じる子どもたちと記念撮影する日野原重明さん=2004年、東京都内のホテル

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明(ひのはら・しげあき)氏が18日午前6時33分、呼吸不全のため死去した。105歳だった。葬儀・告別式は、病院葬として29日午後1時から東京都港区南青山の青山葬儀所で行われる。

 命の大切さをテーマに授業する日野原重明さん=2014年12月、東京都文京区の小学校
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 京都帝大卒。41年から東京・聖路加国際病院に内科医として勤務した。人間ドックを先駆的に導入し、生活習慣病の予防に取り組んだ。終末期医療の充実、医師や看護師の養成教育にも尽力した。同病院院長、聖路加看護大(現・聖路加国際大)学長などを歴任した。
 01年刊行のエッセー集「生きかた上手」が大ヒット。高齢者に社会参加を呼び掛ける「新老人運動」を起こした。100歳を超えて医師として活躍し、超高齢社会の象徴的な存在だった。
 99年文化功労者。05年に文化勲章。国際内科学会会長も務めた。

著述、劇、音楽…幅広く

 医療の分野だけでなく、著述や演劇、音楽など文化面でも幅広く活躍。105年の人生を晩年まで存分に生ききった人だった。

 「命の大切さを子どもたちに伝えたい」と、ミュージカル「葉っぱのフレディ」の脚本化などを手掛けたのは88歳。その舞台に俳優としても出演し、子どもたちと一緒に踊ったりもした。

 105歳の誕生パーティーでケーキを切る日野原重明さん=2016年10月、台湾・台北市内のホテル(共同)
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 105歳の誕生パーティーでケーキを切る日野原重明さん=2016年10月、台湾・台北市内のホテル(共同)フルスクリーンで見る 閉じる

 90歳で出したエッセー「生きかた上手」は、発行120万部を超える大ヒット。やさしい言葉で健康や生きがいなどを語り、柔和な笑顔とともに社会で広く慕われる存在になった。ピアノを弾いて作曲をしたほか、患者を癒やす音楽療法の普及に尽力。90歳を過ぎて長年の夢の指揮者にも挑戦した。
 11年の東日本大震災では被災地を繰り返し訪れ、支援活動にも関わった。
 00年に設立した「新老人の会」で提唱したのは、長寿社会で生きがいを持って自立して暮らし、人生経験を社会に還元する新しい老人像だった。まさにその手本を、自ら演じてみせた。

 文化勲章親授式を終え、記者会見する日野原重明さん=2005年11月、宮内庁
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