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「会場変更」振り回され… 宮城県登米市の長沼ボート場

時事

「会場変更」振り回され… 宮城県登米市の長沼ボート場

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東京五輪の会場として候補に挙がっていた長沼ボート場。「歓迎」と書かれた看板がひっそりと立っていた =3日、宮城県登米市(福島範和撮影) 東京五輪の会場として候補に挙がっていた長沼ボート場。「歓迎」と書かれた看板がひっそりと立っていた =3日、宮城県登米市(福島範和撮影)キヤノン EOS-1D X Mark Ⅱ:EF70-200mm F2.8L IS Ⅱ USM +エクステンダー 1.4×

 2年後、復興五輪をうたう東京五輪の競技会場に東日本大震災の被災地から福島県営あづま球場(福島市、野球・ソフトボール)、宮城スタジアム(宮城県利府町、サッカー)が選ばれ、スポーツで被災地を活気づける機運が高まる。前年のラグビーワールドカップ(W杯)でも釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム(仮称、岩手県釜石市)で試合が行われる。一方、五輪ではボート会場として長沼ボート場(宮城県登米市)が候補に挙がったが実現せず、明暗が分かれた。

 東京・築地市場の移転騒動を伝えるニュースを見て宮城県登米市の阿部正一さん(71)は既視感を覚えた。地元スポーツ少年団の代表を務める。

東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場 =宮城県登米市(福島範和撮影)
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東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場 =宮城県登米市(福島範和撮影)キヤノン EOS-1D X Mark Ⅱ:EF24-70mm F4L IS USMフルスクリーンで見る 閉じる

 守旧派との対立を演出するアドバルーンを打ち上げたはいいものの、迷走して振り出しに戻り、当事者を振り回して徒労感だけが残る。「小池(百合子東京都知事)劇場」の筋書きだ。

 「忘れかけた復興五輪への関心を呼び起こそう」と小池知事が東京五輪のボート・カヌー競技会場を宮城県長沼ボート場(登米市)に変更する案を打ち出したのは平成28年10月。東日本大震災で被害に遭った宮城県の被災者は「久々に明るい知らせ」と沸いた。

 小池知事が案内役の村井嘉浩・宮城県知事を従えてボートで現地視察した際は2千人を超す地域住民が集まり、「小池カラー」の緑のジャンパーを着て出迎えた。

 〈東京オリンピックボート競技を登米市長沼ボート場に。〉

 阿部さんも少年団の名で4基の看板を立て歓迎の意を示した。

 登米市は重大被災地の気仙沼市、石巻市、南三陸町の後方に位置する。救命、復旧の前線基地として自衛隊や警察を送り出す。仮設住宅も設け、被災者を受け入れた。少年団も被災地の子をチームに迎えている。

 「震災でふさぎがちな子も元気になる」

 阿部さんの期待も膨らんだ。

 しかし、小池劇場は2カ月で幕を下ろした。

 長沼ボート場案は五輪組織委員会の反対で見送られた。会場は当初案の「海の森水上競技場」(東京)に落ち着く。小池知事と森喜朗組織委員会会長の確執が響いたといわれる。

東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場 =宮城県登米市(福島範和撮影)
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東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場 =宮城県登米市(福島範和撮影)キヤノン EOS-1D X Mark Ⅱ:EF24-70mm F4L IS USMフルスクリーンで見る 閉じる

 阿部さんは子供たちに説明がつかなかった。「仲の悪い2人が意地を張り合ってこじれた」と言っても分かってくれそうにない。

 復興五輪は東京誘致の切り札として前面に押し出された。だが、東京電力福島第1原発事故の汚染問題で国際世論が後ずさりすると途端に薄めている。

 「いいように使われた」

 復興を都合よく使い分ける中央に不信感を抱く被災者は少なくない。

 安倍晋三首相が国際オリンピック委員会総会での招致演説で原発の汚染水漏れについて「状況はコントロールされている」と実態とかけ離れた発言をし、反発を上塗りした。

 長沼落選の埋め合わせかどうか知らないが、小池知事はボート競技のキャンプ地として長沼を推す案を提示している。そんなお茶を濁す対応に被災者はもうぬか喜びしない。

東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場。入口近くには「歓迎」と書かれた看板が掲げられている =宮城県登米市(福島範和撮影)
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東京五輪の競技会場として候補に挙がっていた長沼ボート場。入口近くには「歓迎」と書かれた看板が掲げられている =宮城県登米市(福島範和撮影)キヤノン EOS-1D X Mark Ⅱ:EF16-35mm F4L IS USMフルスクリーンで見る 閉じる

 宮城県は五輪のサッカー男女1次リーグの会場に決まった。中央は「それで十分だろう」と考えているのかもしれない。

 「長沼の知名度が上がって結果的に良かっただろう」と言う人もいる。

 そうだとしてもボート場は観光地でないから誘客につながる実利は望めない。名の知れたのと同じかそれ以上の分量で「宿泊施設がない」だの「アクセスが悪い」だのと悪宣伝され、収支はマイナスに映る。

 〈登米市の自然と長沼ボート場の素晴らしさを知っていただくきっかけとなりました。全国の皆さまに感謝の気持ちを伝え、『ボートのまち登米市』として東京五輪を応援します〉

 落選を受け、登米市はホームページを更新した。繰り言を一切言わず、謝意を表している。東北人はいじらしい。

 阿部さんの立てた看板は1基だけ残っている。他の3基は風と雨と雪にさらされて朽ちた。

 「痛々しい」

 「未練がましい」

 最後の1基が浴びているのは風雪だけではない。

 「約束を守れず、おわびします」

 築地問題で小池知事は混乱を招いたとして市場関係者に陳謝した。

 登米市民に謝った話は聞こえてこない。(文・東北特派員 伊藤寿行)

「恩返しできず残念」

 登米市会場を歓迎する市民の会発起人・阿部泰彦さん(74) 市民の会は「長沼落選」で休眠状態になりました。五輪招致を望むゲート看板も撤去しました。震災で被災地は世界中から支援を受け、五輪が来たら海外の選手や関係者をもてなして恩返しできると意気込んでいましたが、実現できず残念です。 

企画制作:産経デジタル