産経フォト

建造から70年、被ばくした「第五福竜丸」内部【360°パノラマ】

ニュース

建造から70年、被ばくした「第五福竜丸」内部【360°パノラマ】

更新 pnr1711090001
建造から70年、被ばくした「第五福竜丸」内部【360°パノラマ】

 1954年、太平洋・ビキニ環礁で米国が行った水爆実験で被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」。東京都江東区夢の島の展示館に保存されているが、建造から70年がたち、木造船内部は老朽化が著しい。普段は非公開の内部を撮影した。

 米国は1958年まで、マーシャル諸島で67回の原水爆実験を実施した。1954年の同諸島のビキニ環礁での水爆実験で、静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23人が放射性降下物(死の灰)を浴びて被ばくし、半年後に久保山愛吉さん=当時(40)=が死亡した。

 船橋の入り口のすぐ奥に3-4畳ほどの無線室がある。「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と言い残した久保山さんの持ち場だった。寝台も残っているが、無線機は放射線量計測のために取り出された。現存するのは置き換えられた別の無線機だ。

 船底の広いスペースは魚の保存に使っていた「魚槽」。築地市場で廃棄された被ばくマグロもここに保管されていた。魚槽の外壁と内壁の間には断熱材が入っている。当時は冷蔵設備がなく、中に氷をぎっしり詰め込まれ、1、2カ月の航海の間、鮮度を保ったという。

 第五福竜丸は1947年に和歌山県で建造され木造船。初めはカツオ漁船として活躍、その後マグロ漁船に改造された。

 被ばく後、放射能測定を行い安全が確認された後、東京水産大(現・東京海洋大)の練習船としてさらに改造された。この時、無線室のある船橋部分は木造から鉄製に、魚槽は船室になり、甲板も張り替えられた。

 1967年に廃船、放置されていたが保存運動が起こり1976年に展示館が開館し恒久的に保存されることになった。

 展示館には東日本大震災以降、放射能に関心をもった市民が多くの訪れるようになったという。学芸員の安田和也さんは「多くの被害が出る原水爆実験をしてはいけないことを知ってほしい」と話した。(2017年10月4日、植村光貴撮影)

スゴい!もっと見る

瞬間ランキングもっと見る

話題のランキング