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「全部見つかるまで…」娘捜す 福島・大熊町【東日本大震災パノラマ】Vol.452

東日本大震災

「全部見つかるまで…」娘捜す 福島・大熊町【東日本大震災パノラマ】Vol.452

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「全部見つかるまで…」娘捜す 福島・大熊町【東日本大震災パノラマ】Vol.452

 東京電力福島第1原発事故によって帰還困難区域に指定され、全町避難となった福島県大熊町。東日本大震災と原発事故から6年が経っても町内の復旧・復興はほとんど手つかずのままだ。人がいなくなった町で木村紀夫さん(51)は仲間とともに次女の汐凪(ゆうな)ちゃん=震災当時(7)=を捜し続ける。今月5日、そんな木村さんの捜索活動に同行した。

 第1原発から3キロほどにある熊川海岸。折れ曲がったタイヤや倒れた電信柱、ひしゃげたドラム缶などのがれきが集められ、山のように積まれている。隙間からは雑草が顔を出し、原発事故からの長い年月を物語っている。海岸のコンクリートは津波の衝撃を受けて崩れたままだ。

500キロの距離通い

 この海岸近くに家族6人で暮らしていた木村さん。津波で父の王太郎さん=当時(77)と妻、深雪さん=同(37)、そして次女の汐凪ちゃんが流された。だが、原発事故で避難を余儀なくされ、すぐに3人を捜すことができず、悔しい思いをした。

 その後も汐凪ちゃんだけが見つからず、木村さんは毎月、避難先の長野県白馬村から500キロ離れた大熊町に通い、1人で捜し続けた。放射線量の高さを考えると、警察に協力を依頼することはできなかった。

 3年あまり、たった1人で手作業での捜索を続けた頃、ボランティアの仲間が捜索に加わった。1人、また1人…と増えた仲間たちと「チーム汐笑(ゆうしょう)」を作り、汐凪ちゃんの捜索や自宅周辺の整備などを始めた。

 「一緒に捜してくれる仲間のおかげで、気持ちが沈まずに済んでいる。汐凪がつないでくれた縁。汐凪には感謝している」

 原発事故から5年余り過ぎた昨年12月。汐凪ちゃんの遺体の一部が見つかった。だが、そのとき見つかったのは、3本の歯と顎の骨だけ。木村さんはすべて見つかるまで、捜索を続けるつもりだ。

 「亡くなっているとはいえ、ばらばらにされた。原発事故さえなくて、すぐに捜せていればきれいだったはずです。やらないわけにはいかない。全部見つかるまでずっと捜し続ける」

思い出の自宅守る

 木村さんは汐凪ちゃんのために、大熊町の自宅裏に地蔵を立てた。自宅があった場所の近くには菜の花も植えた。採れた油で燃料を作りたいとも考えている。

 原発事故をきっかけに、当たり前に使っていた電気が「贅沢なもの」と感じるようになった。避難先の自宅では薪(まき)ストーブを使うなど、なるべく電気を使わない生活を心がける。自宅跡の周辺は除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の予定地になっているが、提供するつもりはないという。

 「(自宅跡は)亡くなった3人との思い出が一番深く、3人とつながれる唯一の場所。ずっと大切にしていきたい」

 木村さんが仲間とともに一時帰宅で大熊町に入れるのは年間に最大30回。限られた時間の中で、家族と過ごした大切な自宅を守り続けている。

 「『元気な福島』とか『復興に向かっている』とか言われるけど、その向こう側にこういう現実がある。汐凪たちに恥じない生き方をしていきたい」 (文・東北総局 大渡美咲)
(2017年3月5日、植村光貴撮影)

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