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駐日オランダ人が「大坂の陣」を記録 日文研、オランダの大学と共同調査

2016.9.22のニュース

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駐日オランダ人が「大坂の陣」を記録 日文研、オランダの大学と共同調査

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 徳川家が豊臣家を滅亡させた慶長19~20(1614~15)年の「大坂の陣」で「寝返った大名が秀頼に(城壁から)落とされて死んだ」などと記された文書がオランダ・ハーグ国立文書館で確認され21日、国際日本文化研究センター(日文研、京都市)が発表した。日本国内の情勢について、駐日オランダ人が本国に報告した書簡類。日本国内に残る文書には記されていない記述もあり、「海外の視点で日本の歴史を補完する重要な資料になる」という。

 日文研によると、文書類は当時のオランダ東インド会社の駐在員らが記したもの。同国のライデン大学と日文研が一昨年から共同研究を行い、2021年度を目標に書簡524通を日本語へ翻訳する作業などを進めている。

 大坂の陣を記したもののなかには、1615年6月、「秀頼の数人の大名は赦免が得られると考え、皇帝(徳川家康)側に寝返るために城に火を付けたが、彼らは逃げる前に秀頼によって、その場で(城壁から)落とされて死んだ」などと、日本側の記録にはない当時の様子が伝えられている。

 このほか、1614年11月の書簡では、貿易商人のヤン・ヨーステンが「皇帝(家康)がすべての大砲および鉛を購入することを報告する」と記述。また、1615年5月の書簡には、豊臣方につく大名として「真田左右衛門(幸村)殿、関東に3万石(の領地)を所有していた」とも書かれていた。

 翻訳にかかわっている日文研のフレデリック・クレインス准教授(日欧交渉史)は「当時の政治・経済などの状況をどう見ていたか、海外の視点で日本の歴史を補完する重要な資料になる」と指摘。江戸初期は駐日オランダ人が日本国内を自由に往来できた時代で、書簡にはオランダ人が当時の京都や大坂、堺で見聞きした記録が数多く残っているという。

 大阪城天守閣(大阪市)の跡部信主任学芸員は「江戸初期の状況をリアルタイムに記した資料は貴重。外国人の記録は詳しい記述が多く、今後の調査結果に期待したい」と話している。

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