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【職人のこころ】豊かな水と心が育む里~井波を訪ねて

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【職人のこころ】
豊かな水と心が育む里~井波を訪ねて

井戸理恵子さん 井戸理恵子さん

 木彫刻師の南部白雲(なんぶはくうん)さんに会いに井波(富山県南砺市)を訪れる。白雲さんを知る以前の井波には幾度か足を運んでいた。伝統的な街並みと静かで澄みわたった風景が好きだった。しかし、数十年ぶりの井波。どれほど変わっているだろうと思っていたが、印象としてはほとんど変わらない。むしろ、より温かな心づかいが染みる景観になっていた。

 瑞泉寺の門前、八日町通りには昔ながらの木造の家が立ち並び、木彫り職人の技術がほほえましいほど随所にしたためられている。まるで間違い探しゲームでもしているかのように立ち並ぶ木彫の数々。七福神もにこやかに迎えてくれる。電話ボックスも、表札も、軒下の看板も、遊び心満載だ。石畳を吹く爽やかな風と至る所に響く水の音。井波という名前さながらの風土が健在なのもうれしい限り。ここを吹く風や水がまるで織り成したような木彫。それは井波の職人かたぎそのものなのかもしれない。

 白雲さんに初めて出会ったのは14年前の長野県小布施町。全国伝統職人サミット「トキの会」のイベント会場だった。宮大工の直井棟梁から新しい職人の会が発足するのでぜひ顔を出してほしいとの連絡があり、友人たちを誘って訪れた。さまざまな伝統技術を誇る職人がそれぞれの技を披露する。大工、彫刻、金工、漆、建具、石工…。そこに巨大な菅原道眞の天神様の像をバックに大きな図面を広げて作業をしている南部白雲さんの姿があった。

 思わず声をかけて、いろいろ質問した。伝統を未来につなげるための労力を惜しまない。どんなことも自らの力に変えていく。しなやかな心をもつ頭の良い人だと思った。その後も幾度か職人の会でお会いする。思いついたことを実行に移す。仲間を説得し、動かす。そうした態度に心打たれた。

 瑞泉寺の山門をくぐり抜ける。室町時代に開山したこの寺は幾度も火災にあった。火災に会うごとに再建され、再建されるごとに立派になっていったという。寺を再建する、ということは技術を復元する、ということ。度重なる技術の復元の上にこの土地の技術はより進化を遂げた。井波の大工の技術、彫刻はより見事な技が磨かれてきた。屋根の軒先に長押に天井に、床板に遊びがみえる。木の節を取り除き、埋木をする際にも努力と遊びを怠らない。さまざまな縁起のよい意匠がはめられている。ここには銀杏の形。ここはヒョウタン…。

 先人たちが凝らした遊びや工夫を丁寧に説明してくれる白雲さんの顔は誇らしげだった。広大な敷地の瑞泉寺を瑞泉寺足らしめた「井波大工」と「井波彫刻」の技が現代に引き継がれている証として。


<プロフィール>

 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」(かんき出版)、「こころもからだも整うしきたり十二か月」(同)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。

 ☆9月8日に東京・大手町の産経新聞東京本社で井戸さんによるトークイベント「職人のこころ~自然に生かされる~」が開催される。詳細は申し込みページへ

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