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【終戦の日】抑留、開拓、オウム… 「戦い続けた」昭和と平成 最後の慰霊祭に臨む山梨の竹内精一さん

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【終戦の日】
抑留、開拓、オウム… 「戦い続けた」昭和と平成 最後の慰霊祭に臨む山梨の竹内精一さん

義勇隊を記録した冊子を手に、当時を語る竹内精一さん=富士河口湖町富士ヶ嶺(昌林龍一撮影) 義勇隊を記録した冊子を手に、当時を語る竹内精一さん=富士河口湖町富士ヶ嶺(昌林龍一撮影)

 戦前、山梨県から満州などの開拓に赴いた人たちは5410人余。このうち、現地で亡くなった2770人余の仲間を悼む「満蒙殉難者慰霊奉賛会」が15日、山梨県護国神社(甲府市岩窪町)で最後の慰霊祭を行う。高齢化や会員減少で式典運営が難しくなったためだ。来年以降は同神社が慰霊祭を継承する。

 奉賛会の事務局長を務めるのが、満蒙開拓青少年義勇隊に入隊してシベリア抑留も経験、戦後は旧上九一色村(現・富士河口湖町)の富士ケ嶺地区で開拓者として酪農業を続けてきた竹内精一さん(90)だ。

 戦前、戦後に国内外で厳しい開拓に挑んだ。平成になってからも、同地区に拠点を設けたオウム真理教と対峙。「富士ケ嶺地区オウム真理教対策委員会」の副委員長として、積極的に反対運動に取り組んできた。

 「ずっと戦ってきたから長生きなのかもしれない」と話す。平成最後の「終戦の日」を迎える竹内さんは、特別な思いで平成最後の「終戦の日」に臨む。

不発弾に救われる

 富士北麓の山梨県鳴沢村で育った竹内さんは昭和18年、14歳で義勇隊に志願した。茨城県で3カ月の訓練を受けた後、旧満州国のハルビンの北方、旧ソ連国境に近い北安省・二井の訓練所に配属された。

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