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【書評】早稲田大学文学学術院教授・小沼純一が読む 『おやすみ、東京』吉田篤弘著 描き込まれた東京のありよう

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【書評】
早稲田大学文学学術院教授・小沼純一が読む 『おやすみ、東京』吉田篤弘著 描き込まれた東京のありよう

『おやすみ、東京』吉田篤弘著 『おやすみ、東京』吉田篤弘著

 「時計が一時を打った」「時計がきっかり一時になった」「時計を見ると、午前一時である」。どの章も「一時」で始まる。正確にはちょっと前だったり過ぎていたりするのだけれど、全12章、多くの人が住んでいるところに帰り着いている深夜の東京、東京にいるひとり、ふたり、に、眼差(まなざ)しがむけられる。

 〈調達屋〉と呼ばれる映画の小道具係。深夜タクシーの運転手。深夜の電話相談〈東京03相談室〉を担当する女性。固定電話機の引き取り係で昼間は実家の葬儀屋を手伝っている女性。俳優だったはずではあるがよく知らない父親を持つ探偵。〈よつかど〉という深夜の飲食店を経営する4人の女性たち。

 どこか一癖あるような登場人物がそれぞれの章にあらわれ、シフトしてゆく。全体がつながってひとつになってはいる-「長編」とはあまり呼びたくないから、たとえば「連作短編」の一種、か-ものの、さっき前にいた人が後ろに隠れたり、脇に寄ったり、今度はべつの人と一緒にいたり。すこしだけ奇妙で、ありそうでないもの、なさそうでありそうなものが、ふと、あらわれる。

 ユーモアをにじませつつ、「現実」と「現実」の間やずれをのぞかせる。淡々として、人の奥へとあまり踏みこんでなどいかない。でも、映画に出演すべく同じ寮にいる女の子たちが、よそよそしいかに思えていた女の子たちが、ちょっとしたことで、小さな地震の揺れでふとうっすらとしたつながりを確認するようなところも描き込まれてもいて。このありようが「東京」なのかもしれない。

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