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【芥川賞講評】選考委員・島田雅彦さん「一回目投票で過半数獲得」、盗用問題は「誠実さが問題」

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【芥川賞講評】
選考委員・島田雅彦さん「一回目投票で過半数獲得」、盗用問題は「誠実さが問題」

 第159回芥川賞(日本文学振興会主催)は、高橋弘希さん(38)の「送り火」(文学界5月号)に決まった。18日夜、東京・築地の料亭「新喜楽」で選考委員の島田雅彦さん(57)が会見し、選考経緯について説明した。概要は以下の通り。

     ◇

 1回目の投票が行われた段階で、「送り火」がすでに過半数の票を獲得しておりました。以後、個々の作品についての議論が行われ、それぞれの推す方、推さなかった方の意見の応酬があり、そして最終的にこのような結果になりました。

 まず、古谷田奈月さん(36)の「風下の朱」(早稲田文学初夏号)についての議論をご紹介いたしますと、非常に人物配置、ストーリー展開等、非常に計算された作品で、その分、多分に演劇的、ある選考委員の言葉によれば、宝塚的であり、そして非常にテーマ設定が明確、LGBTQに関する部分が描かれており、また女子のスポーツ小説、ソフトボール、野球の違いなども細かく描かれているところなど、評価されるべき所も多くみられました。

 しかし、スポーツ小説として物足りないものがあったということ、プラス、計算された人物配置、ジャンル的枠組みが、形式的に過ぎるかなということで、いま一歩、踏み込みが足りないという評価で、これは受賞となりませんでした。

 続きまして、北条裕子さん(32)の「美しい顔」(群像6月号)についての議論がなされました。

この件に関しましては、すでに場外乱闘、というか、特にいわゆる盗用問題ということでネットでもかなりの議論になっているし、著作権の専門家や、あるいはノンフィクション、盗用された側に当たるノンフィクションの著作者たちの立場、版元の講談社と、疑惑の引用元の版元の間での、いろいろな原則の確認などもありました。

 今回、結果的には芥川賞選考会が、この作品の小説としての是非、こうした盗用疑惑に関する包括的な議論を行って、その結果どうなのか、回答を求められているかもしれません。

 もちろん、その件に関しましては、各選考委員の皆さんはそれぞれ独自に状況を把握しておられました。その上で、議論が行われて、いわゆる盗用疑惑ということに関しましては、はっきりいって、法的な問題というところにまでは至らないケースだというふうに考えております。これはわりと共通の認識でした。

 ただ、そうだとしても、参照・引用した者の態度というか、誠実さがこの場合は問題になろうかと思います。実際、この小説において震災に関わる部分というのは、かなりのウエートを占めていますし、それが、それなりにリアリティーがあるという評価が、群像新人賞の段階でも出されておりましたので、そこももちろん、含めての議論ですね。

 今回はたまたま、5作がすべて、どこか青春小説であると。1冊だけ違うだろう、という意見があるかもしれませんが、オッさんの青春小説だという見方もできますので、それぞれの書きようがあるというところで、青春小説の五人五様の書き方をめぐる選考という形に、暗になっていったと思います。

 北条裕子さんの小説も、ある意味、美しい顔に生まれた少女が、最初は非常にそのこと自体をとくに意識しない、非常に無意識な状態から、周りから震災のインタビュー等を通じて、ジャーナリストたちの扱いによって、なにか自分の容姿を意識するといったような経緯があって、いうなればこれは、わたくしを巡る小説。わたくしの認識が変わっていく、そのプロセスをつぶさに描いた部分が、大きなウエートを占めている小説であるという読み方ができると思います。

 ただ、その少女の自意識が目覚めていくプロセスが、非常に震災と深く関わっているという部分があったので、それらは切り離しては論じることはできない。結果的に、包括的な作品の出来不出来と言うことを、その両方に基づいた分析ということに、おのずとなったかと思います。

 いちおう、震災に関わる事実と言うこと、事実には著作権がありませんので、だれもが書く自由があるのですが、しかしその事実をどう知るか、と考えた場合に、それは結局、ノンフィクション、あるいは被災者の証言か、そういったものを参照せざるを得ない。その参照したものに対する態度表明というものは、個々の作家は求められる性質のものである。従って、震災をテーマにした小説を書く者は、だれもがそのことについて深く自問しなければならないということは、自明のことであります。その点について、若干、フィクション化への努力といいますか、その事実の吟味、あるいは、それをもうちょっと自分の中に取り込んだ上で、換骨奪胎といいますか、自分なりのフィクションとしての表現に昇華していく努力が足りなかったのではないか、という意見も出たかと思います。

 次に、松尾スズキさん(55)の「もう「はい」としか言えない」(文学界3月号)については、エンターテインメントとしては面白い作品ではあるし、随所にそうした笑いを取る努力が施されてはいるんですが、若干、予定調和的な感も否めないし、これは私の意見でしたが、エンターテインメント、特に漫画とか映画では、海外出張モノがある。「こち亀」にもありますし、「男はつらいよ」にもありますが、そこで何となくこういうドタバタが起きるだろうなと言うところを全部抑えてくれているというのは、エンターテインメントとしては非常に安心して楽しめるんですが、十分な票を集めることができませんでした。

 むろん、小説には愚行自慢みたいな部分が多分にあるので、その部分に関しては非常に満足する出来に仕上がっているという意見もありましたが、それを超えてなお、芥川賞にふさわしいかということになると、そこまではいかないだろうということでした。

 続きまして、町屋良平さん(34)の「しき」(文芸夏号)についてですけども、これも5作の中では非常に好感度の高い青春小説といえると思います。多彩な登場人物に対する語り手の距離感の取り方がなかなか絶妙である。登場人物にあまりにもくっつきすぎず、離れ過ぎもせず、非常にいい距離が取られていた。どこか設定とか展開に、デジャビューを感じつつも、もしかしたらこれは、すごく新しい青春小説ではないのかという感想を抱いている選考委員もおられました。それは、独特の間の取り方にあったり、あるいは、わりと距離が保てている語り手の言葉遣い、とくにアフォリズム的な言葉遣いに独特のセンスがあるという点が指摘されましたが、この点をポジティブにとらえる見方と、アフォリズム的な部分が邪魔なんだというネガティブな意見と分かれました。

 ただ、5つの作品の中で、受賞作に次ぐポイントを獲得したのは確かで、最終的に2作受賞にするかどうかということで、最後まで議論が続きましたが、得点が足りないということで、とても残念な結果になってしまった。

 最後になりましたが、受賞作「送り火」について。過去の受賞作のことを強烈に覚えている選考委員がおられる中で、これは今までよりまた一歩進化した作品であるという評価がありました。一つ一つの言葉にコストを掛けているということが、ありありと伝わってきますし、ハッキリ言って、もっとも読みにくい作品ではある。しかし、その読みにくさが何に由来するのかということを、複数回読んで確かめずにはいられない気持ちにさせる作品でもある。

 それは、段落ごとに、読者が油断ならないような、決して予定調和で進まない、そういう意外性というものがあるわけですし、どこか、津軽であろうと思いますが、そういう転勤の多い家族の一員たる主人公が行った先、そこがほんのお客様程度のつもりだったかもしれないけど、その世界の独自ルールの中に巻き込まれていってしまう。その様子が、実際にある地域でありながら、別世界、異世界に迷い込んだかのような展開を示してくれる。

 あるいは、もしかしたら、現代にきわめて近い話なのに、どこか戦時中であるとか、別の時代ではないかと思わせるかのような、独特のタイムスリップ感が漂っており、これはただごとではない。いわば、言葉を使って別世界を構築していくという、フィクション本来の醍醐味を十分に示してくれている快作ではないかという意見が、わりと説得力を持ってきまして、受賞となりました。

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