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【書評】歌人・川野里子が読む『光の庭 短歌日記2017』伊藤一彦著 365日見える日常の輝き

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【書評】
歌人・川野里子が読む『光の庭 短歌日記2017』伊藤一彦著 365日見える日常の輝き

光の庭 光の庭

 歌人・伊藤一彦の歌集『光の庭』は1年間を短歌によってつづる歌日記である。1年という時間はあっという間に過ぎ去るが、短歌という詩型に抱き取られる一瞬一瞬の積み重ねは深い奥行きとなって時間の豊かさを知らせる。

 例えば「母の一年忌」と記される2月21日にはこんな歌が詠まれる。

 〈母いますごとくに庭に梅咲けり死は遠ざかり死者近づき来〉

 一年忌の死者との距離感は、死の生々しさが遠ざかり、反対に亡くなった人がしみじみと親しくなる、そんな時期だ。庭に咲く梅にも、日常の折々に亡き人の面影は甦(よみがえ)る。伊藤は大学卒業後、故郷である宮崎県に帰郷し、現在まで自分があえて宮崎に暮らすことの意味を問い続けてきた。

 〈うるはしき海と山とあり着馴れてはいけないものぞ風土の衣は〉(7月11日)

 夏の南国の海や山は素晴らしく輝き心を奪われる。しかし、そのような故郷に泥(なず)むことは自らに許さない。なぜか。温かく着心地の良い「衣」に包まれてしまっては感じられなくなるものがあるからだ。日常を深く洞察し、そこに潜む輝きを見いだすには、裸でいなくてはいけない。それが伊藤の信条である。

 〈自転車のサドルに白き鳥の糞(ふん)気持ちよかりけむ輝きてをり〉(4月4日)

 「自転車で出掛けるのにいい季節になった」と記される春の一日はこんな風に始まる。鳥の命の輝きを糞に見いだす。そんな命とともに生きていることが楽しいのだ。

 〈わづかなる風に動けるえごの花揺れたしや否揺れたくなしや〉(5月13日)

 えごの花が好きだった歌人の上田三四二(みよじ)を偲(しの)ぶひととき。少し色っぽい花だが、もしや上田はそれが好きだったのか。そんな儚(はかな)い思いの去来こそ日常の宝物だろう。

 365日、短歌という詩型のリズムや呼吸に心を合わせるからこそ見えてくる世界のすみずみ、日常の輝き。歌という詩型がまるで喜び発見器のように働いている。

 〈黒潮の大蛇行してゐるといふそりや時には途(みち)はづれたし〉(12月7日)(ふらんす堂・2000円+税)

 評・川野里子(歌人)

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