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【書をほどき知をつむぐ】 3・11底なしのどん底で手に取った『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人編著

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【書をほどき知をつむぐ】
 3・11底なしのどん底で手に取った『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人編著

石光真人編著『ある明治人の記録』(中公新書) 石光真人編著『ある明治人の記録』(中公新書)

 □学習院大教授・赤坂憲雄

 あの日、3・11から5、6日間ほど、わたしはまともに活字が読めなかった。7日目あたりに、はじめて眠りから覚めたように手に取ったのが、この『ある明治人の記録』だった。わたしはこの本を、ただ巨大な震災のあとに生きる覚悟を固めるためにだけ読もうと思った。その、どこか滑稽でもある悲愴(ひそう)感を、いまになって笑う気にはなれない。

 なぜ、この本を読まねばならなかったのか。副題には「会津人柴五郎の遺書」とある。今年は戊辰戦争から150年に当たるが、そのもっとも象徴的な敗者となったのは、会津藩であった。生き残った会津藩士とその家族、一万数千人が、酷寒にして痩せ地の下北半島へと追われた。柴五郎は書いた。

 落城後、俘虜(ふりょ)となり、下北半島の火山灰地に移封されてのちは、着のみ着のまま、日々の糧(かて)にも窮し、伏するに褥(しとね)なく、耕すに鍬(くわ)なく、まこと乞食(こじき)にも劣る有様(ありさま)にて、草の根を噛(か)み、氷点下二十度の寒風に蓆(むしろ)を張りて生きながらえし辛酸の年月、いつしか歴史の流れに消え失(う)せて、いまは知る人もまれとなれり。

 凄惨(せいさん)きわまりない、餓死との戦いの日々であった。父と子の五郎が、やっとのことで手に入れた犬の死体を、およそ20日間、毎日喰(く)らいつづけたことを語る一節は、壮絶である。犬の肉はのどを通らない。父は子を、「武士の子たるを忘れしか」と叱った。そして、「ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、のちの世までの恥辱なり。ここは戦場なるぞ」と語気荒く諭した。

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