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【書評】くまもと文学・歴史館前館長、井上智重が読む『漱石センセと私』(出久根達郎著) 明治の“跳ねた”少女の成長

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【書評】
くまもと文学・歴史館前館長、井上智重が読む『漱石センセと私』(出久根達郎著) 明治の“跳ねた”少女の成長

出久根達郎著『漱石センセと私』 出久根達郎著『漱石センセと私』

 主人公の少女が家の中庭で、祖母から買ってもらった「五色綿」を取り出し、ちぎってフーっと吹く。黄色い綿がふわふわと舞い上がり、「菜の花のようじゃねー」と声がかかる。見上げると、離れ家の2階の窓からヒゲ面の男の顔がのりだしている。

 その男はノボさん、正岡升(のぼる)、子規である。そしてその少女、より江は松山中学の夏目センセが離れを借りている上野家の孫娘である。

 軽妙な語り口で、そのまま朝ドラになりそうだ。少女の父は鉱山技師、母が病弱だったため、母の実家に預けられて育った。ノボさんが東京に去り、夏目センセも熊本の五高に転任し、寂しくなる。ほどなく九州の子守歌の里、五木村で新しい鉱床が発見され、父が出張することになり、より江は「連れてって」とねだる。熊本には、新婚生活の夏目センセがいる。その見合い写真をこっそり見ており、目が大きく美人の奥さんにも会いたくなったのだ。夏目家で初潮を迎え、鏡子夫人の世話になり、赤飯を炊いて祝ってもらう。そして将来の伴侶となる医学生と出会う。

 本の帯には「ひとりの少女から見た、知られざる『夏目漱石』を描いた新感覚小説」とあるが、わたしが読んだ感じでは少し違う。漱石夫妻や子規、寺田寅彦、落合直文らを巧みに配しながら、明治のちょっと跳ねた少女の成長を描いた、作者の新しい境地を示す新感覚小説である。

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