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【書評】文筆家・木村衣有子が読む『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』 自分の考えめぐらすために

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【書評】
文筆家・木村衣有子が読む『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』 自分の考えめぐらすために

「さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010-2017」若林恵著(岩波書店) 「さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010-2017」若林恵著(岩波書店)

 SNSにおける写真を介したコミュニケーションを句会になぞらえたり、「便利」「科学的」などというポジティブに耳に届きがちな言葉をあえて裏返してみたりする、元『WIRED(ワイアード)』編集長の若林恵さんのエッセーは、軽妙で、瑞々(みずみず)しい。つまり若々しい。それでいて、老成している。

 昭和46年生まれだから今年で47歳になる若林さんが書く文章は、果たしてその世代らしさを映しているのか、どうだろう。ともかく、若林さんの考察が、背後に分厚く積み重ねられた、これまで読みこんできた本、滞在した場所と話した人、聴いてきた音楽に裏打ちされていることはたしかだ。20代のとき、いまはなき名雑誌『太陽』の編集部に所属していたという経験も、少なからずその仕事ぶりに寄与しているにちがいない。

 若林さんは昨年末まで、デジタルテクノロジーを軸とする米雑誌『WIRED』日本版の編集長をつとめた。この本に収録された80編のエッセーのうち、3分の2はその雑誌の巻頭に、あるいはウェブサイト上に載ったものだ。そのひとつ「おいしいはフラット化にあらがう」にはこうある。

 「生産から物流、小売(こうり)におけるさまざまなテクノロジーの結晶としてある『コンビニ』というシステムが、結局のところ、昔ながらのおにぎりやお茶を飲み食いしたい、という欲求に奉仕しているのだと考えると、ぼくは少し愉快な気分になる」

 「昔ながら」を保つために努力したその先で、幸運なことに「未来」への端緒を●(つか)むことができたのなら、その「未来」の色は、決して暗いか明るいか、どちらかだけには染まらないはずだ。

 「完全無欠にして最終的な『正解』が未来にはある、と考えることこそ最も危険な未来論である」

 そう、性急に結論に辿(たど)り着きたがる人には、まだるっこしく感じられるかもしれないけれど、この本の効用は、読了後に必ずや、「ニーズ」至上主義の空虚さや、体験とはどう定義づけられるべきかなどについて、自分なりに考えを巡らすことになるところにある。そこがいい。(若林恵著/岩波書店・2200円+税)

 木村衣有子(文筆家)

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