産経ニュース

【本郷和人の日本史ナナメ読み】大隈重信の不遇(上)有能なのに西郷はなぜ嫌った?

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【本郷和人の日本史ナナメ読み】
大隈重信の不遇(上)有能なのに西郷はなぜ嫌った?

大隈重信(国立国会図書館蔵) 大隈重信(国立国会図書館蔵)

 ちょっと脱線。明治学院大学の創設者は、宣教師で教育者のヘボン(1815~1911年)。ヘボン式ローマ字の考案者として知られる人。彼は医師でもあり、横浜の医学会を創設しました。脱疽(だっそ)を患っていた悲劇の名優、沢村田之助(1845~78年)の左足切断手術を執刀したのもヘボン博士です。ご存じでしょうが、ヘボンは明治の言い方で、いまならばヘプバーン。「ぼくはヘプバーンが大好き。ただし、オードリーではなく、キャサリンのほう」という淀川長治さんの言葉をぼくはラジオで聞いた記憶がありますが、偉大なオスカー女優、キャサリン・ヘプバーンはヘボン博士の同族なのだそうです。

 明治学院大学の前身とも言うべきヘボン塾で学んだ人としては、高橋是清や三井財閥を支えた益田孝らがいます。それから、横浜に医学とくれば、と思って少し調べてみたら、やっぱり丸善の創業者である早矢仕有的(はやし・ゆうてき)(ハヤシライス生みの親との説もあり)もヘボンのお弟子さんなんですね。当時は外国人の版権所有が許可されなかったので、ヘボンが編纂(へんさん)した『和英語林集成』(西洋の言語による近代日本語の最初の辞典。和英辞典)の版権は丸善に譲渡されています(利益は明治学院に寄付された)が、そこにはこうした縁も作用していたに違いありません。

 話を元に戻します。明治政府の成立時、大隈は重く用いられました。はじめ外交面で仕事をしますが、外国から強硬な抗議を受けていた悪貨問題(幕末の動乱に際して、各藩は金の含有量を落とした貨幣を多く鋳造していた)に対応するうちに、おお、大隈は財政もいけるな、と評価されたのでしょう。明治2年の近代大蔵省創立とともに大蔵大輔に就任(のち大蔵卿に昇進)。それ以来、明治十四年の政変に至るまで、大蔵省の実質的なボスの地位を占めたのです。

続きを読む

「ライフ」のランキング