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【この本と出会った】稲垣書店主人・中山信如 『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉著 己の生き方をキリキリ問い詰めてくる文学世界

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【この本と出会った】
稲垣書店主人・中山信如 『赤目四十八瀧心中未遂』車谷長吉著 己の生き方をキリキリ問い詰めてくる文学世界

「稲垣書店」主人・中山信如(藤井克郎撮影) 「稲垣書店」主人・中山信如(藤井克郎撮影)

 私の生業(なりわい)は古本屋である。東京の場末にある小さな店の片隅で、日々仕入れた本や雑誌のチェックに余念がない。店は映画を専門としており、主力の古雑誌には切り取りが多く、落丁繰(く)りと称される古本屋ならではのチェック作業が欠かせないのである。

 そんな地味な作業に疲れた20年ほど前の夏、女房の実家が持つ山荘とは名ばかりの掘っ立て小屋で、ただただボーッとして過ごした。そんな時ふと手にしたのが、この本であった。

 ショックだった。むろん、繰り返し出てくる激しい情交シーンにだけではない。主人公の世を捨てたかのような、その生きかたにである。流れついた尼ヶ崎(アマ)の安アパートの一室で、与えられた怪しげな臓物のブツ切りに、日がな無感情に串を刺しつづける姿にである。

 当時手持ちの手帖(てちょう)に書きつけたメモが残っている。

 --そうだ、オレはこんな生きかたがしたかったんだ。こんなものを書きたかったんだ。

 私は古本屋になる前、文学青年であった。なかでもオダサクこと織田作之助の世界に強く惹(ひ)かれた。どう生きていったらいいのか掴まえきれないモンモンとした日々のなかで、いちばんシックリきたのが、「六白金星」を始めとする、とめどなく流されていく男たちを描いたオダサクの世界であった。

 私はまた映画青年でもあった。とりわけ夢中になったのが藤純子の映画であった。東映任侠(にんきょう)映画の花一輪としてだけでなく、凜(りん)とした恋愛映画のヒロインとしてのめり込んだ。大学を中退し東京出奔放浪中も、出演作リストを片手にしつこく追いかけ廻(まわ)し、大阪では未見の一本見たさに、行きずりの飯場で一ト月暮らした。

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