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【view 写】秋田県大潟村 干拓で生まれた「パッチワーク」

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秋田県大潟村 干拓で生まれた「パッチワーク」

手前から五城目町、八郎潟東部水路、そして大潟村と農村風景が一望できる。整然とならぶ水田が一斉に輝いた=秋田県五城目町 手前から五城目町、八郎潟東部水路、そして大潟村と農村風景が一望できる。整然とならぶ水田が一斉に輝いた=秋田県五城目町

 厚い雲が西の空を覆う。ゆっくりと動く雲の隙間から夕日が差すと、水田が徐々に輝きはじめた。

 日本海に突き出る男鹿半島の付け根に位置する秋田県大潟村。かつてこの場所は琵琶湖(滋賀県)に次ぐ大きさを誇った八郎潟が広がり、シジミ漁が盛んに行われていた。

 しかし、戦後の食糧難から米の増産が必要となり、昭和32年、干拓事業に着手。約2万2千ヘクタールあった八郎潟は約1万7千ヘクタールが新たな土地として生まれ変わり、39年に大潟村が発足した。42年に入植が始まり、約600人が全国から干拓地に移り住んだ。

 「もともと栄養のある土地だが、当時は表面が硬く、中が軟らかい田んぼで、トラクターが立ち往生することもあった」と振り返るのは、大規模農業にひかれ県内から入植した工藤兼雄さん(82)。公平を期すため土地の場所は抽選で決められ、農業経験者でも1年間の研修を経て入植したという。

 希望にあふれた入植だったが程なくして45年に減反政策が開始される。「突然でショックだった」と工藤さん。しかし、大潟村では大規模農業のおかげで収入が激減することもなく、転作では大豆の栽培が行われている。

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