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あの頃の樺太まざまざと 日本統治時代の保険会社の詳細地図確認

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あの頃の樺太まざまざと 日本統治時代の保険会社の詳細地図確認

豊原の火災保険特殊地図 (日比谷図書文化館所蔵) 豊原の火災保険特殊地図 (日比谷図書文化館所蔵)

 日本統治時代の樺太(現ロシア極東サハリン)市街地の詳細な地図が日比谷図書文化館(東京都千代田区)で確認され、熊本県立大の辻原万規彦教授(建築史)が当時の町の様子を調べている。保険会社が住宅などの火災保険料率算定に使ったもので、辻原教授は「景観や暮らしぶりがうかがえる貴重な資料」としている。

 日本は1905年から45年まで樺太南部を統治し、豊原(現ユジノサハリンスク)や大泊(現コルサコフ)などに終戦時約40万人の日本人が住んでいた。辻原教授らによると、34年に民間会社、地図研究所(現都市整図社)が作製した「火災保険特殊地図」を日比谷図書文化館で保管しており、豊原や大泊など12の町の地図と索引計127枚を確認した。

 1200~2500分の1の大きい縮尺が中心で、保険会社が火災の危険性を判断できるよう道路幅や建物の形、地番などが書き込まれている。

 樺太出身者らでつくる全国樺太連盟の西本美嗣会長(81)は「豊原での通学路や、にぎわっていた商店街の記憶がよみがえってくる」と語った。

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