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【書をほどき知をつむぐ】『西南役伝説』石牟礼道子著 辺境の暗がりからの眼差し 学習院大学教授・赤坂憲雄

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【書をほどき知をつむぐ】
『西南役伝説』石牟礼道子著 辺境の暗がりからの眼差し 学習院大学教授・赤坂憲雄

『西南役伝説』石牟礼道子著(講談社文芸文庫・1800円+税) 『西南役伝説』石牟礼道子著(講談社文芸文庫・1800円+税)

 石牟礼道子さんが亡くなられた。会う人ごとに、それぞれに石牟礼さんについて語られる言葉に触れていると、それがどれほど巨大な喪失であるかが実感される。全集を買ってあるから、と呟(つぶや)いた編集者がいた。わたしの手元にもある。わたしはこれから、石牟礼さんの文学世界をひとつの宇宙として読むことになる、そんな予感が生まれている。

 『西南役伝説』は、30代の若いころにはじめて読んだ。読書体験というのは、ほんとうに不思議に満ちている。あのとき、わたしはいったい、そのテクストの何を、どのように読んだのか。例によって、気まぐれな読み散らかしだったのか。ようやく落ち着いて読むことができる。30年ぶりの再読が、石牟礼さんの訃報に重なった。

 はじめて気づかされたことが、いくつもあった。

 これは聞き書きを方法とした文学として、やがて宮本常一の『忘れられた日本人』と並べて論じられるようになる、と思う。しかも、石牟礼さんが聞き書きだけに頼らず、史料の読みほどきに精力を傾けている姿が印象的であった。西南の役についての聞き書きはかろうじて可能だったが、近世の一揆や、天草島原の乱となると、史料をかたわらに想像力を馳(は)せることなしには語れない。しかも、それらの争乱の記憶が、流されたおびただしい血の糸によって繋(つな)がれ、水俣病をめぐる今の情景を深いところから照射しているのだ。

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