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【書評】『玄鳥さりて』葉室麟著 「誇りある生き方」刻む

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【書評】
『玄鳥さりて』葉室麟著 「誇りある生き方」刻む

『玄鳥さりて』葉室麟著 『玄鳥さりて』葉室麟著

 『玄鳥さりて』は、同著者の『おもかげ橋』に出てきた蓮乗寺藩を舞台に、派閥抗争に巻き込まれ、のっぴきならない状況に追い込まれていく2人の藩士-圭吾と六郎兵衛の物語だ。

 六郎兵衛はある理由から、圭吾の危機を幾度となく救う。その結果、圭吾は権力の階段を上り始め、自身は遠島の身となってしまう。10年後、許されて戻ってきた六郎兵衛の存在を、圭吾は疎ましく、また恐ろしく感じ始める。やがて2人は、藩主によって殺し合わねばならぬよう仕向けられ、ぎりぎりの選択を迫られるのだ。

 読みどころは、緻密に描かれた、主人公、圭吾の複雑に揺れる心理だろう。善良な男が、権力と、何をしても許してもらえる無償の愛を前に、少しずつ内奥のどす黒いものを目覚めさせ、くるっていくさまは圧巻だ。だが、ほとんどの読み手は、ページをめくりながらやがて気付く。圭吾の持つ愚かさや弱さは、自分の中にも潜んでいると。いったいどれほどの人が、圭吾の浅はかさや、小狡(ずる)い立ち回りや、そのために陥る窮地を笑うことができるだろう。

 本書は、自分を守るために他者を利用する男と、大切な者を守るために己を犠牲にする男、対照的な生き方を描くことで、人間の暗部を抉(えぐ)りながらも、人の思いの深さがすべてをかえる力を持つのだと訴えかけてくる。思いの強さが有り得ぬ結末をも生み出す力を持つのだと。

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