産経ニュース

うつろう美人たち「生誕120年 東郷青児展」-夢と現(うつつ)の女たち

ライフ ライフ

記事詳細

更新


うつろう美人たち「生誕120年 東郷青児展」-夢と現(うつつ)の女たち

「望郷」(1959年、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館) 「望郷」(1959年、東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館)

2月16日(金)から あべのハルカス美術館

 1930年代の昭和モダンを思わせる、どこか懐かしい女性像でおなじみの画家、東郷青児(1897~1978年)。その「青児美人」誕生までをたどる「生誕120年 東郷青児展-夢と現(うつつ)の女たち」が16日から大阪市阿倍野区のあべのハルカス美術館で開催される。(正木利和)

 市民文化を象徴するような女性たちを描いた東郷の「美人画」は、時代に沿ってそのスタイルを少しずつ変化させてゆき、1950年代の終わりには、独自の様式美を完成させた。

 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館の中島啓子・主任学芸員によると、今回はその東郷の働き盛りである30代から50代にかけての仕事にスポットを当てたのだという。

 作曲家、山田耕筰や画家の有島生馬、藤田嗣治など、人生の先輩たちにかわいがられた東郷は、女性にももてた。若くしてフランスに渡り、芸術の都、パリで流行の美術を身につけ、ハンサムな容姿なのだから、女性の方も放ってはおかなかったようで、妻がいながら若い女性と情死騒ぎを起こしたり、それを取材にきた小説家、宇野千代と恋仲になったり…。

 私生活同様、画業も華やかに変化した。公募展の二科に前衛的な「パラソルさせる女」を初出品、華やかにデビューしたのが1916年。渡仏後、サーカスや風景、女性像などさまざまな対象を描きながら自分のスタイルを探し、帰国後は縦194センチの大作「手術室」をはじめ、科学技術やレジャーなどモダンなテーマを描いてゆく。

 「美人」の様式が形成され始めるのは落ち着きをとりもどした1930年代の半ばすぎから。藤田嗣治と交流することで、富裕層を顧客にもつ百貨店とつながり、藤田の「海の幸」と対をなす壁画「山の幸」を描いたり、化粧品のポスターや雑誌の表紙にモダンな洋装の女性たちの姿を描き、都市で花開いた大衆消費社会のイメージを牽引(けんいん)した。

続きを読む

「ライフ」のランキング