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【王室外交物語】アラブ女性王族の「外交」進出 砂漠に咲く一輪の花 関東学院大教授・君塚直隆

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【王室外交物語】
アラブ女性王族の「外交」進出 砂漠に咲く一輪の花 関東学院大教授・君塚直隆

サウジアラビアの首都リヤドに到着、アブドラ皇太子(当時)の案内で歓迎式典に臨まれる皇太子さまと雅子さま=1994年 サウジアラビアの首都リヤドに到着、アブドラ皇太子(当時)の案内で歓迎式典に臨まれる皇太子さまと雅子さま=1994年

 17世紀頃からそれぞれに支配権を確立した各国の王侯家は、オスマン帝国との駆け引きののちに、19世紀末以降には英国との関係を深め、保護領となっていった。王侯たちは子弟を英国に留学させ、英語や西欧流の知識・儀礼も身につけさせた。それと同時に、近代の欧州で生みだされた「外交」の手法も取り入れていったのである。サウジを除いた湾岸諸国は人口も少なく、イラクやイランといった大国に囲まれていたが、これら大国で20世紀後半に次々と王政が倒されていくなかでも、比較的安定した君主政を維持している。

 石油や天然ガスといった資源に基づく富の分配もさることながら、君主が単独で全権を掌握するのではなく、君主の親族(支配家系)が政府・軍部の高官となって君主とともに統治する「王朝君主政」もこうした安定の要因になっているとされる。

 近年では、これらの国々でも欧米流の「民主主義的」な改革が進みつつあるとはいえ、それでも欧米とは異なる側面もいまだに残っている。イスラム教を奉ずるアラブ社会では、基本的に男女の別は明確にされる。それは国と国との間の外交にもかいま見られる。1981年に皇太子(現天皇陛下)と美智子妃(現皇后陛下)がサウジを公式訪問されたとき。お二人はそれぞれ分かれて行動され、皇太子を接遇するのは国王を筆頭とする男性王族で、皇太子妃は王妃など女性王族にもてなされた。晩餐(ばんさん)会や午餐会も別々だった。

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