産経ニュース

【書評】文芸評論家・伊藤氏貴が読む『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子著 羨ましい人生

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【書評】
文芸評論家・伊藤氏貴が読む『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子著 羨ましい人生

『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子著(河出書房新社・1200円+税) 『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子著(河出書房新社・1200円+税)

 東京オリンピックに沸く時代。決まっていた結婚を振り切って東京に逃げ、そこで出会った男性と結婚し、専業主婦となって1男1女をもうけたが、今や夫を亡くし、子供たちも家を出て、近所に話し相手もいない。74歳の桃子さんは、今の日本の都会にいる大勢の独居老人の一人にすぎない。その生活上の不如意や孤独を描くだけならば、ルポではあっても、優れた小説とはなりえなかったろう。

 芥川賞に選ばれたこの小説に作者が仕掛けた工夫は数々あるが、まず目を引くのは桃子さんの脳内に鳴り響く岩手弁である。「あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおかしくなってきたんでねべが」といきなり語り出される冒頭部から、東北とはゆかりのない者さえなんとない郷愁を感じるだろう。

 しかし、全体が東北弁というわけではない。24歳で上京した桃子さんにとっては、東北弁より東京弁使用歴の方が倍も長い。それでも、いわば古層に属する東北弁が突如頭の中に湧き起こるのである。桃子さんの脳内には層ごとに異なる語りがあり、そしてその桃子さんを外側から語る小説の語り手がいる。その語りの多彩さも読みどころだ。

続きを読む

「ライフ」のランキング