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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(4)「最後の総督府官吏」の“遺言” 朝鮮人とは仲良くやっていた

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(4)「最後の総督府官吏」の“遺言” 朝鮮人とは仲良くやっていた

朝鮮人の同僚(両端)と(西川氏は右から2人目) 朝鮮人の同僚(両端)と(西川氏は右から2人目)

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 昨年8月、102歳で亡くなった西川清(きよし)は、「最後の朝鮮総督府官吏」というべき貴重な証人だった。

 大正4(1915)年、和歌山県出身。地元の林業学校を出て昭和8年に、日本統治下の朝鮮へ渡った。複数の郡の内務課長を歴任し、朝鮮人の徴用などに直接、関わった経歴から、慰安婦や徴用工問題をめぐる今の「韓国人らの言い分」が、どれほどウソとデタラメにまみれているか、身をもって知っている。

 虚偽のことが世界中に流布されてゆくことを黙って見過ごせなかった西川は100歳近くになって、安倍晋三首相宛てに事態を憂う手紙を送り、自身の体験をつづった本(『朝鮮総督府官吏 最後の証言』桜の花出版)も書いた。私が昨年6月に取材に訪れたときは耳が遠いくらいで元気そうに見えたのだが、西川は「秋にはもう私はいないだろう」と語り、残念ながら現実になってしまった。

 西川は、日本人に何を訴えたかったか。生前インタビューを行った一人として、それを伝える義務と責任がある。西川が遺(のこ)したメッセージは、慰安婦や徴用工問題だけではない。戦後、70年以上が過ぎた現在では、日本人も韓国人も、うかがい知ることができなくなった日本統治時代の朝鮮社会の「雰囲気」というべきものだった。

 そのひとつが、「日本人と朝鮮人は、ごく当たり前のように仲良くやっていた」ということである。

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