産経ニュース

【書評】芸術がちょっと近づく 『仕事場訪問』牧野伊三夫著 

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【書評】
芸術がちょっと近づく 『仕事場訪問』牧野伊三夫著 

「仕事場訪問」牧野伊三夫著(港の人) 「仕事場訪問」牧野伊三夫著(港の人)

 絵や写真の個展会場に、作者自身が居合わせていることがある。そんなとき凡人の私は、下手な質問をしたら馬鹿(ばか)にされるのではないかと、自然にふるまえなくなる。

 私と同じように、「芸術」って縁遠いものだと思っている人に、本書を読んでほしい。美術同人誌『四月と十月』に連載された、画家やデザイナーの仕事場を訪問する記事をまとめたものだ。

 版画の刷り師である木村希八の工房の家の壁には「世界中の、有名無名を問わずいろいろな美術家たちの作品が飾られ美術の空気がむんむんしていた」。毎週のように銀座の画廊をめぐり、気に入った作品を手元に置いて見てきた。

 木村は厳しいことばを発しながら、目をぱちぱちさせたり舌を出したりする。「自分が大切にしていることを話すのは照れくさいのだろう」という一言に、画家である著者の観察眼が光っている。

 グラフィックデザイナーの立花文穂の仕事場には、さまざまな紙の山が積みあがっていて、その部屋自体がひとつの作品のように見えたという。鈴木安一郎を訪ねたときは、アトリエを飛び出して、富士山にスケッチに出かける。さまざまな場所が、芸術家の仕事場になるのだ。

 炭坑の記録画を描いた山本作兵衛、銀座の月光荘画材店の創業者など、すでに亡くなった人の仕事場も出てくる。島根県で湯町窯を営んだ陶芸家、福間貴士は、仕事のかたわら自分の絵を描き続けた。屋根裏部屋で大量の絵やスケッチを目にした著者は、そのエネルギーに圧倒される。

 「つくる人は個なんだが、つくったものは個じゃない」「広告で作り手の事情があふれているものはあまり見たいと思わない」…。著者との対話で引き出されたことばは、芸術だけでなく、社会にも当てはまるものだと共感する。

 つまるところ、芸術家だって人なのだ。そして、その人の営みから生み出されるものが、芸術なのだ。だから、彼らがいるところは、どこでも「仕事場」なのである。

 そのことを知ると、芸術がちょっとこちらに近づいた気がして愉快になった。(港の人・1500円+税)

 評・南陀楼綾繁(ライター、編集者)

「ライフ」のランキング