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【話の肖像画】公明党元代表・神崎武法(3) 腹をくくった「森降ろし」

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【話の肖像画】
公明党元代表・神崎武法(3) 腹をくくった「森降ろし」

自自公3党の連立合意文書に小沢一郎氏(前列左)、小渕恵三氏(同中央)とともに署名=平成11年10月 自自公3党の連立合意文書に小沢一郎氏(前列左)、小渕恵三氏(同中央)とともに署名=平成11年10月

 〈昭和58年12月の衆院選で旧福岡1区に立候補しトップ当選。3期目で国会対策委員長に就く〉

 国対委員長になってすぐ、平成2年の8月にイラクのクウェート侵攻が起きました。米国を中心とする多国籍軍が反撃するという流れになり、日本は90億ドルの追加支援をしましたが、やっぱり汗を流して貢献することが必要ということになったんです。

 〈公明党は安全保障に関する党内議論を先行させていた。きっかけは議席を減らした元年の参院選だった〉

 冷戦が終わり、国際情勢は変化しており、今までのように「何でも反対、反対」と言っているだけではすまない。野党としても責任ある対応をとる必要がある-と、市川(雄一書記長)さんが中心となって徹底的に話し合っていました。

 〈政権に参画する機運も生まれていた〉

 公明党が結党時から掲げる党是は「福祉の党」と「日本の柱」と2つあります。日本の柱というのは、日本の政治で責任を果たすということです。衆参のねじれは常態化していました。それで政治を安定させ、政策を実現するために公明党が連立の中に入るのも選択肢の一つではないかということになっていったんです。最初に連立を組んだのは細川護煕政権でした。自民党に代わる新しい政権、勢力を作ろうと参加したんですが、失敗に終わりました。

 6年に新進党の結党に加わりましたが、わずか3年で解党しました。公明党としては新進党にはかけていたんです。公明党を解党してまで合流したんですから。新進党の失敗で、やっぱり公明党を作り直して頑張るしかないということになりました。

 自民党との連立の話を始めたのは小渕恵三政権のときです。ただ「今まで反自民でやってきた。すぐ自公というわけにはいかない」と何度も伝えました。空気を醸成するのに1年くらいかかりました。

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