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【開戦から76年】(下)極寒のシベリア収容所では共産主義教育 帰国後は米軍から厳しい聴取 東京・墨田区の坂本邦男さん

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【開戦から76年】
(下)極寒のシベリア収容所では共産主義教育 帰国後は米軍から厳しい聴取 東京・墨田区の坂本邦男さん

「戦場体験者と出会える茶話会(カフェ)」で、シベリア抑留の過酷さなどをて語った墨田区の坂本邦男さん=浅草公会堂(台東区) 「戦場体験者と出会える茶話会(カフェ)」で、シベリア抑留の過酷さなどをて語った墨田区の坂本邦男さん=浅草公会堂(台東区)

 抑留生活は過酷を極めた。朝から夜まで2人1組でシラカバやエゾマツなどの大木をのこぎりで切る毎日。厳しいノルマを達成しないと休むことさえ許されない。食事は毎食、黒パンとスープ。夜のうちに翌日の朝、昼分も配給されたが、空腹に耐えきれず、翌日分まで食べてしまう。「スープは雪を入れてかさまし。夏はヤギも顔負けするくらい草を食べた」

 極寒と飢えに耐え切れず次々と戦友が死んだ。「隣の人が朝起きないと思ったら、冷たくなっていた。そんなことがしょっちゅうだった」。身長170センチの坂本さんも、体重が入隊時の65キロから30キロ台まで落ち込んだ。

 追い打ちをかけるように、収容所内では共産主義教育が始まった。上流階級出身の抑留者らが罵倒され、つるし上げられる人民裁判も行われた。「私は職工だったから大丈夫だったが、厳しい思想教育で、表面上だけでも参加するしかなかった」

 抑留生活も3年を迎えたころ、突然、ソ連側から帰国を言い渡された。半信半疑だったが、23年11月、京都・舞鶴港の桟橋が見えた瞬間、大粒の涙が頬をつたったことを覚えている。

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