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【話の肖像画】元通産事務次官・小長啓一(5) 湾岸危機で迫られた難しい判断

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【話の肖像画】
元通産事務次官・小長啓一(5) 湾岸危機で迫られた難しい判断

小長啓一氏(納冨康撮影) 小長啓一氏(納冨康撮影)

 〈田中角栄氏の首相辞任後、通商産業省(現経済産業省)に戻り、昭和59年、地方大学出身者として初めて事務次官に就任した。退官後の平成元年3月、アラビア石油に入社した〉

 アラビア石油は、クウェートとサウジアラビアが領有する中立地帯カフジで初の「日の丸油田」を手がけた企業です。2(1990)年夏、イラク軍がクウェートに侵攻し、湾岸危機が起きました。カフジ鉱業所はクウェート国境から20キロ程度しか離れていません。鉱業所には2千人の従業員がおり、日本人も百数十人いる。

 副社長と対策本部長を兼務した私は、彼らの命を預かる立場として難しい判断を迫られました。外務省は退避勧告を出しましたが、各方面から情報収集したところ、イラク軍がすぐに侵攻してくることはないと分かった。それにサウジ政府は退避を勧告していない。現地の小学校の授業は平常通りだという情報も入ってきた。それで日本人従業員は残して操業を継続し、家族は帰国させる決断をしたのです。

 秘書官として田中さんを間近で見て、リーダーたる者は自身の行動で覚悟を示さなければならないと実感していました。私はすぐに秘書を連れて現地へ飛び、食堂に日本人従業員を集めて「こういう時こそ歯を食いしばり、日本に石油を安定供給することがわれわれの責務だ」と話しました。翌日一人一人と握手した後、サウジの石油相を訪ね、「いざというときは独自の判断で退避する」と伝えました。

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