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【正論】本居宣長の「保守主義」に学び、「自然のまま」「神の所為」を大事に 日本大学教授・先崎彰容

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【正論】
本居宣長の「保守主義」に学び、「自然のまま」「神の所為」を大事に 日本大学教授・先崎彰容

日本大学の先崎彰容教授 日本大学の先崎彰容教授

 しかし私は、これらの意見から脱落した「忘れられた思想家」がいると考えている。1990年代後半、大学入学後の読書体験で沸き起こった思いは、現在でも解消されていない。恐らくは近々、長文の評論として論じることになるこの思想家について、今回は問題の核心を端的に示しておくことにしたい。

 大学1年、成人したての頃に遡(さかのぼ)る。当時、私は本居宣長の諸作品を読むことに没頭していた。宣長の第1作『あしわけをぶね』や『石上私淑言』などの歌論、また「もののあはれ」論として著名な『紫文要領』は源氏物語論を読み、薄暗い図書館の片隅で日々、ノートを取っていた。また大学のゼミナールでは、宣長の政治論『玉くしげ』にも取り組んだ。多くの著作で宣長は、「からごころ」批判を行っている。

 「からごころ」とは、直接には儒学・仏教など大陸の哲学思想体系を指し、批判するために使った言葉である。宣長は執拗(しつよう)なまでに大陸思想と、自らが学ぶ「国学」との違いを説明しようと試みる。それは後に、日本のナショナリズムを高揚させるものとして、肯定も否定もされてきた。では実際、宣長は「もののあはれ」や「からごころ」によって、何を言いたかったのか。そしてそれは、大学生の私に何を手渡したのだろうか。

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