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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】〈12〉そんなに慌ててどこへゆく?

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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】
〈12〉そんなに慌ててどこへゆく?

【座間遺体遺棄事件】9人の遺体が発見された白石隆浩容疑者が住んでいたアパートの近くには、たくさんの花束や飲み物などが供えられていた=7日午前、神奈川県座間市(寺河内美奈撮影) 【座間遺体遺棄事件】9人の遺体が発見された白石隆浩容疑者が住んでいたアパートの近くには、たくさんの花束や飲み物などが供えられていた=7日午前、神奈川県座間市(寺河内美奈撮影)

 その言葉は「さ と し わ か る か」。すると福島さんはにっと笑って「わかるでえっ」と声をあげた。本書のタイトル「ゆびさきの宇宙」はここに由来する。

 福島さんは平成20年に東京大学で学術博士号を取得する。論文のタイトルは「福島智における視覚・聴覚の喪失と『指点字』を用いたコミュニケーション再構築の過程に関する研究」である。自分を素材にしたこの論文で最も伝えたかったのは「コミュニケーションにいのちを救われたということ」だという。

 生井さんは取材の過程で福島さんに「自殺を思ったことはないのですか」と尋ねる。返ってきたのは「それはないと思います。あわてなくても、いずれ、みんな死にますから」という答えだった。苦しみの末、自分には「使命」があると考えて「生きる」ことにしたのだという。本書を読み終えて、須原さんの本がすっかり色あせてしまった。

酸素を求める魂のもがき

 さて、座間市の事件は、現時点では23歳の女性がインターネットの「自殺サイト」を通じて容疑者の男と知り合い、彼のアパートに誘いこまれて殺害されたというところまでが明らかになっている。

 トルストイの『アンナ・カレーニナ』は「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」(中村融訳)という有名な一文で始まる。自殺を考える理由も人それぞれだろうが、その根っこには「コミュニケーションの絶望的な欠如」が存在するように思えてならない。福島さんの言葉にならえば、魂に酸素が届かない状態。自殺サイトへのアクセスは、酸素を求める魂のもがきではなかろうか。そして、被害者の女性がすんなりと初対面の容疑者のアパートについていったのは、サイトでのやり取りを通じて「彼とならコミュニケーションができる」と感じてしまったからだろう。

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