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【日の蔭りの中で】「排除」という不用意な一言がたたき起こしたポピュリズム 京都大学名誉教授・佐伯啓思

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【日の蔭りの中で】
「排除」という不用意な一言がたたき起こしたポピュリズム 京都大学名誉教授・佐伯啓思

佐伯啓思・京都大名誉教授(彦野公太朗撮影) 佐伯啓思・京都大名誉教授(彦野公太朗撮影)

 選挙とは面白いものである。安倍晋三首相の唐突な解散から始まった今回の選挙は、さしたる政策論争もなく、あまり意味ある選挙だとは私は思っていなかった。しかし、面白い選挙ではあった。面白くしてくれたのは、小池百合子氏の希代のパフォーマンスから始まって、立憲民主党が大躍進するという大逆転の一連の流れである。選挙が面白いというのは不謹慎な言い方ではあろう。だが、この選挙を一時的であれ盛り上げたのは小池氏の演出になる「小池劇場」だったことを思えば、そういっても差し支えあるまい。

 私にとって興味深かったのは一時は、自民党の過半数を脅かすとまでいわれた希望の党が、小池氏の例の「排除の論理」発言によって一気に失速し、「排除」された人たちへと票が流れるという、その変化である。「排除の論理」そのものは別におかしなことではない。小池氏からすれば、憲法問題などで見解を異にする民進党リベラル派と組むわけにはいかないということは、政党である以上、当然である。ある人たちを「排除」するのは当たり前であろう。にもかかわらず、それを「排除」と表現した点に決定的な失敗があった。せめて「お断りしたい」程度なら問題はなかったろうし、あるいは得意の英語で排除を意味する「エクスクルージョンさせていただく」ぐらいだったらまだましだったかもしれない。上から目線の「排除」とは何様だ、というわけである。

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