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【白洲信哉 旅と美】噴火鎮める大たいまつ(富士吉田の火祭り)

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【白洲信哉 旅と美】
噴火鎮める大たいまつ(富士吉田の火祭り)

街のにぎわいとは対照的に、静かで幻想的な北口本宮冨士浅間神社参道の大たいまつ=8月26日夜、山梨県富士吉田市 街のにぎわいとは対照的に、静かで幻想的な北口本宮冨士浅間神社参道の大たいまつ=8月26日夜、山梨県富士吉田市

 富士山は、原始から信仰の対象であり、明治以前は許可ある者しか登拝が許されない修験の聖地だった。昨今、富士登山は興盛だと聞くが、平安時代にはすでに登った記録があり、明治・大正の文人画家、富岡鉄斎の屏風(びょうぶ)「富士山図」に描かれた人々と比べ、最も違うのは、参拝者の心持ちであろう。

 毎年8月26日、山梨県富士吉田市で開かれる北口本宮冨士浅間神社と諏訪明神(諏訪神社)両社の鎮火祭は、名の通り富士山の噴火を鎮めるお祭りで、一般には「吉田の火祭り」として知られている。

 歴史は鎌倉時代に遡(さかのぼ)り、元来は諏訪神社の祭礼として始まり、26日午後の神事の後、明神型みこしの「お明神さん」と、富士山を模した「御影(みかげ)」(お山さん)の2基のみこしが、本宮から市内を練り歩き、夕方「御旅所(おたびしょ)」に到着すると同時に、高さ約3メートルのたけのこ形に結い上げられた90本余りの大たいまつと、家ごとに井桁に積まれたたいまつが一斉に点火されると、街のメインストリート約2キロは、火の海と化すのである。

 僕は、日本三奇祭の2つが諏訪系(諸説あり)である意味を考えながら、街中に流れている富士の伏流水の恵みに「福慈(ふじ)」と最初に著した奈良時代の方の気持ちが分かったような気がした。

【プロフィル】白洲信哉

 しらす・しんや 文筆家。昭和40年生まれ、東京都出身。日本文化の普及に努め、展覧会など文化イベントの制作にも携わる。平成25年から骨董(こっとう)・古美術の月刊誌『目の眼』編集長。

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