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【本郷和人の日本史ナナメ読み】福島正則と戦国の主従関係(下) 家康養女より三成の娘を選んだ殿様

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【本郷和人の日本史ナナメ読み】
福島正則と戦国の主従関係(下) 家康養女より三成の娘を選んだ殿様

に、その子を差し置いて信義の藩主就任を容認した。ますますびっくりです。

 なぜ満天姫は、自らの子を藩主にしなかったのか。彼女が強く主張すれば、おそらく夫の信枚は従わざるを得なかったはずなのに。福島家の跡取りとなったばかりに非業の最期を遂げた前夫・正之のことを思いだして、子供にはそんな重荷は背負わせたくないと願ったのでしょうか。それとも先述した大道寺直秀のケースと同じく、子供の幸せよりも、婚家である「津軽家」を第一に考えたのでしょうか。もしそうならば、あの政岡のような女性が、すでに出現していたことになるのです。

                   

 次回は11月2日に掲載します。

                   

■石田三成の孫、津軽信義

 1619~55年。信枚の子で、弘前藩第3代藩主。石田三成の血を引く。藩政においては治水工事、新田の開発、鉱山の開鉱、牧場の開設など多くの功績をあげた。文化人としても卓越していた。半面、強情で気性が荒く、“じょっぱり殿様”の異名で呼ばれた。私生活では、25男26女(一説では男女合わせ38人)という多くの子女をもうけた。

                   

【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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