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【本郷和人の日本史ナナメ読み】福島正則と戦国の主従関係(下) 家康養女より三成の娘を選んだ殿様

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【本郷和人の日本史ナナメ読み】
福島正則と戦国の主従関係(下) 家康養女より三成の娘を選んだ殿様

 満天姫をめぐっては、もう一つ実に興味深い話があります。彼女が慶長18(1613)年に津軽家に嫁いだとき、夫となる信枚には既に正妻がいた。なんとその女性、辰姫は石田三成の娘だったのです。家康の養女と刑死した三成の娘。この時期にどちらが重んじられたかは明白です。信枚は辰姫を側室に格下げし、満天姫を正室として遇した。

 いや、本来はそれでも不十分でしょう。幕府の機嫌を取るには、辰姫を離縁してしかるべきです。でも信枚は彼女をとても愛していたようで、別れなかった。群馬県の太田市に津軽家の飛び地があったので、そこに彼女を住まわせ、参勤交代の時だけ、この屋敷を訪れた。まるで彦星と織姫ですね。2人の間には元和5(1619)年に男児が生まれた。満天姫も翌年、男児を出産した。普通に考えれば満天姫が産んだ子が嫡子となり、次の藩主になるところです。ところが信枚は辰姫が産んだ子を跡継ぎにしたいと言い出した。

 この信枚の判断は、全くわけが分からない。弟であっても、正室の子が嫡子になる。うん、いかにもありそうです。しかも正室は家康の養女。さらにさらに側室は、あの石田三成の娘。にもかかわらず信枚は辰姫が産んだ信義を後継者に指名し、幕府もそれを認めた。びっくりです。満天姫は自分の子(信英。のち幕府旗本に取り立てられる)がいるの

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