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【話の肖像画】バレエダンサー ミハイル・バリシニコフ(3) 米国に亡命、新たな表現へ

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【話の肖像画】
バレエダンサー ミハイル・バリシニコフ(3) 米国に亡命、新たな表現へ

旧ソ連の「キーロフ・バレエ」でトップダンサー時代のバリシニコフ。「世界の創造」で熱演(バリシニコフ・プロダクションズ提供) 旧ソ連の「キーロフ・バレエ」でトップダンサー時代のバリシニコフ。「世界の創造」で熱演(バリシニコフ・プロダクションズ提供)

 〈1967年、旧ソ連を代表するバレエ団の一つ「キーロフ・バレエ」(現マリインスキー・バレエ)に入団後、「ゴリアンカ」(68年)、「ヴェストリス」(69年)などで主演を重ねた。モスクワ国際バレエ・コンクールで金賞を受賞。順風満帆なキャリアに見えたが、74年、公演中のカナダで、冷戦下の米国へ亡命した〉

 キーロフ・バレエ時代の私は大勢のファンに注目され、活躍の機会を与えられていた一方で、バレエダンサーの現役生活は短いという事実も認識していました。現役生活は15年から18年、長くても20年ほどです。

 だから私は伝統や格式にとらわれず、芸術的情熱を十分に発揮できる場所を見つけ、ダンサーや振付師として働きたかったのです。当時のソ連の政治状況は、芸術家の自由な表現を制限するなど、居心地が良くありませんでした。それで、私は西側に移る決意をしました。

 〈東西冷戦の時代。米国への亡命はセンセーショナルではあったが、旧ソ連の情報機関、KGB(国家保安委員会)が自分の身内や友人、バレエ団の仲間に危害を加えることはなかったという〉

 KGBの件は話したくはありません。ただ、すでに軍を退役していた父は尋問され、もちろん親しかった何人かの友人も同様でした。しかし、投獄された人はいませんでした。彼らは私の行動について何も関係がなかったので、それは当然のことです。私自身、カナダ公演中のある瞬間まで、米国へ亡命しようなどとは思っていなかったのですから、彼らが知るはずはないのです。

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