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【日曜に書く】本当は女性にやさしいのか 論説委員・清湖口敏

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【日曜に書く】
本当は女性にやさしいのか 論説委員・清湖口敏

 沖ノ島の女人禁制が今後、どうなっていくかは分からない。やはり信仰と伝統を重んじる京都の祇園祭では平成13年、一部の山鉾(やまほこ)で“公認”の女性囃子(はやし)方が巡行に加わることになり、話題を呼んだ。移りゆく世情に応じて伝統や文化に対する人々の共通理解も変わる。要は、変えてはならぬものと変えてもよいものとの、また合理と非合理との折り合いをどうつけるかであり、女人禁制についても多方面からの議論が必要である。

「女人歓迎」だった

 民俗学の柳田国男は『老女化石譚』に、女人禁制は女人歓迎の意味だったと記す。高山の途中に女人結界の地があるのは、足弱の女性にとって頂上を極めずに済むから、むしろ嬉(うれ)しかろう。結界は、山への参拝を断念せんとする女性を、せめてそこまではと誘引する一手段だったかもしれない-。柳田説はどこまでも女性にやさしいのだ。

 作家の玉岡かおるさんに宗像大社への珠玉の紀行がある。

 「だめと言われればよけい行きたくなる」沖ノ島だが、中津宮の神職に「玄界灘は荒海で、航海は命がけ。だから、女性を危険な目にさらさないため、女性は行くな、と女人禁制になった」と教わると、「女が生き残れば子孫はつながり国も続くと考え、女を敬った古代人は、しんどいこと危険なことは男性が、と分担したのであろうか。ならば素直に従い(中略)遙拝(ようはい)所から沖ノ島を拝ませてもらおう」「行けなかった沖ノ島を銘柄にした地酒で乾杯。さいはての海から、この国よ幸せであれと守り立つ三女神がほほえんでくれた気がした」(『PHP』2012年9月号)

 「沖ノ島」に、こんな愛(め)で方もあったとは…。(論説委員・清湖口敏 せこぐち さとし)

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