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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(41)秀吉編 四面楚歌の中に味方を得られるかどうかが勝負どころである

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(41)秀吉編 四面楚歌の中に味方を得られるかどうかが勝負どころである

柴田勝家像。勝家との確執から羽柴秀吉は「職場放棄」に至る=福井市、北の庄城址・柴田公園(関厚夫撮影) 柴田勝家像。勝家との確執から羽柴秀吉は「職場放棄」に至る=福井市、北の庄城址・柴田公園(関厚夫撮影)

 智者(ちしゃ)は智者を知る。この半兵衛の解説に長政は感銘を受けた-。以上、『真書太閤記』の要約である。さもありなんという内容だが、明治初期ごろの完成という秀吉伝の集大成である同書は「後の演劇や小説などに題材を提供している」(日本国語大辞典)ものの、残念ながら「史料価値は低い」(同)とされる。事実この挿話は太田牛一著『信長公記』どころか信憑(しんぴょう)性に「?」がつけられている小瀬甫庵(おぜほあん)の『信長記』や『太閤記』にも収載されていない。

 この挿話の真偽はさておき秀吉は案外早く「職場復帰」している。処分からまもなく松永久秀の謀反が発覚。約2カ月後の10月、信長の嫡子、信忠率いる織田軍が奈良・信貴山城に籠もる久秀を攻め滅ぼしたさい、秀吉は部将の一人に名を連ねている。

 そして同じ月の下旬、秀吉は信長によって毛利氏討伐を目的とする中国・播磨方面の総大将に任じられる。謹慎処分の火種をつくった北陸方面の総大将、柴田勝家と同格という抜擢(ばってき)だった。

 ところが2年後、秀吉は再びやらかす。毛利氏の先鋒(せんぽう)役で難敵だった宇喜多直家を逆に味方の先鋒役とするためにくどき落としたまではよかった。だが、安土城に赴いて事の次第を報告すると、信長は「だれがそんなことを命じた? 曲事である!」と激怒、秀吉を播磨の最前線に追い返すのである。

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