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【本郷和人の日本史ナナメ読み】「関ヶ原」の“悪役”福島正則(下) 東軍加担、実は「計算ずく」だった?

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【本郷和人の日本史ナナメ読み】
「関ヶ原」の“悪役”福島正則(下) 東軍加担、実は「計算ずく」だった?

伝通院肖像(模本、東大史料編纂所蔵) 伝通院肖像(模本、東大史料編纂所蔵)

 福島正則は「暴れ者」のイメージが定着しているけれど、それで良いのか?と先週書きました。この評価というのは、関ヶ原の戦いの解釈にも影響してきます。

 正則は無類の暴れ者だったけれど、一方では誰よりも豊臣家に対して忠誠心をもっていた。そこで徳川家康は正則の「石田三成嫌い」の部分をこれでもか、と刺激し続けた。そのクライマックスが、三成挙兵の報を受けて開かれた「小山評定」(家康以下諸将は会津攻めに向かう途中)。黒田長政の事前工作を受けていた正則はいの一番に「徳川内府にお味方をし、にっくき三成めを成敗する」と獅子吼(ししく)。それにつられて諸将はみな家康への従属を誓い、ここに「東軍」が誕生した、というストーリーがしばしば描かれています。

 つまりこれは、正則は「三成憎し」の怨念にとらわれ、「家康が勝つと、豊臣家がまずいことになるぞ」とは思い至らなかった、という見方ですね。家康はいってみれば「正則の単細胞っぷり」につけ込み、結局、関ヶ原で勝利した、ということになります。

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