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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(32)運命の女神が敵を授けなければ、奸計を用いてもつくりだせ

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(32)運命の女神が敵を授けなければ、奸計を用いてもつくりだせ

ひげのない織田信長肖像画(部分)。描かれたのは信長在世時前後とみられるが、江戸時代の加筆の跡があるという(大本山本能寺所蔵) ひげのない織田信長肖像画(部分)。描かれたのは信長在世時前後とみられるが、江戸時代の加筆の跡があるという(大本山本能寺所蔵)

 一族や家臣、主筋からの裏切りや暗殺計画の連続につぐ連続-。それが父・信秀の死を受け、ハイティーンで家督を継いだ後、信長が直面した世間-戦国期の現実だった。

 〈日本では余りにも謀反が多い〉とは1579(天正7)年度のイエズス会日本年報の観察である。それにしても、青年君主・信長のまわりに渦巻いていた陰謀の数々は尋常ではなかった。

 家臣ではまず、尾張南部・鳴海城を守っていた山口氏が信秀の死とともに隣国の今川氏へと寝返り、約10年後の桶狭間合戦の遠因をつくる。

 主筋の一族である守護代織田家の信安は、信長の宿敵である美濃の斎藤義龍と結び、腹違いの兄の信広も義龍と気脈を通じて反乱を起こす。

 きわめつきは同腹の弟、信勝(行)だ。織田家の筆頭家老、林秀貞や弟の林美作守(みまさかのかみ)、柴田勝家らに擁立され、反旗を翻す。その過程で林兄弟は信長にすんでのところで詰め腹を切らせるところだったし、別に謀反の噂が立ち、思い余った佐々(さっさ)一族が信長を暗殺しかけたこともあった。

 さらには、その危難を救ったばかりか「国主と崇(あが)め」(『信長公記』)て清洲城を譲った尾張国守護、斯波義銀(よしかね)が今川勢とひそかに通じる。発覚後、義銀は追放。このあたり、後年の室町幕府15代将軍、足利義昭との関係をほうふつさせる。

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