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【正論】独善的な政治思想の暴走を思いとどまり、安易な正義感に浸った自分を戒め……熱い矜持をもった若者たちへ 日本大学教授・先崎彰容

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【正論】
独善的な政治思想の暴走を思いとどまり、安易な正義感に浸った自分を戒め……熱い矜持をもった若者たちへ 日本大学教授・先崎彰容

日本大学教授・先崎彰容氏 日本大学教授・先崎彰容氏

 5月連休明けの大学は、学生相談の季節である。新しい学年が始まり、次の進路への階段を一歩あがる。親からいわれ、あるいは自分でも当然だと思っていた将来の進路に、迷いが生まれてくる。なんといっても大学は自由だ。時間はいくらでもあり、何より通学範囲や上京によって、格段に世界が広がるのだ。黙っていても刺激は外からやってくる。今までの「自分」が揺さぶられ、目の前には可能性という名の広野が茫漠(ぼうばく)とどこまでも続いている。

≪右に進むのか左に進むのか≫

 人は自分なりの「ものさし」を持たないと、最初の一歩を踏みだすことができない。右に進むのか、左に進むのかを判断する基準がなければ、私たちは広野に佇(たたず)んだまま餓死することもある。多感な学生時代の、将来に対する不安と飢餓感は、大げさではなく、孤独感を抱えたまま広野を歩む作業なのである。都会の深夜のコンビニは、こうした孤独が集まる小さなオアシスかもしれない。

 だから今年もまた、1人の学生が私の研究室の扉をノックしたときも、別段、驚きはなかった。書きかけの原稿のためにぼんやりとした顔つきで、私は学生を見ていたのかもしれない。

 一方、若々しい紅潮した顔つきの学生は、幼い頃から父母にいわれ安定した公務員職を今でも目指していること、しかし高校生時代から急速に「人権」や「憲法」といった問題について自分なりに考え、うなされるように思考を深めてもいること、それが恐らく大学でいう「政治学」「政治思想史」という学問分野に当たること、さらには大学院進学に伴う将来不安について、一息に語りつくした。その顔つきと、緊張感に満ちた態度は、まさに20年前の自分自身と同じだった。

 今、私は「教員」という立場であることによって、自分の半分程度の年齢の学生から助言を請われている。それはようやく発見した遠くに見える灯のような存在として彼の前にあるのだろう。だから私は、実は自分がつい先ほどまで原稿を書いていて、その締め切りに追われて動揺している人間であり、数百枚の大作であるがゆえに日々作品への自信と不安の間を揺れ動いている人間であること、つまり到底成熟した人間ではあり得ないことを隠さねばならない。

 引き出しにそっとしまい込むように、自分の半身を隠し「教員」という役割を果たさねばならない。そしてできうれば、この20歳の学生の期待に応えられるような灯として、一歩を踏みだすための「ものさし」を提供したい。

≪過激になりすぎていないか≫

 不惑を越えた自分が、そういう人間になれるかどうかは今もって分からない。ただ、ぼんやりと熱を帯びた頭で聞いていた学生のある言葉が耳に触れたとき、私のなかである感動が襲っていた。

 「人権」や「憲法」という言葉に触発され、高校時代から自分なりの考えを練り続けてきた若者は、自分自身の思考が深まりすぎて「勝手な独善に陥っているのではないか。過激になりすぎているのではないか」と思い、私の読書経験と学生時代の生活、また勉強のための参考文献を聞きたいと言ってきたのである。

 彼は今、自分が独善に陥っているのではと逡巡(しゅんじゅん)し、立ち止まっている。茫漠とした先には「政治」という言葉だけが見えかけている。だがそこまで、どう到達したらよいのかが分からない。若いとはいえ、自分なりの方法はある。でもその歩みはやみくもではないのか。どんどん思い込みの道に迷い込んでいる。歩むべき方向を指し示し、同じ悩みをかつて抱き、そして現在、目的地に向かってのっしのっしと歩いているように見える教員、つまりは私のもとに彼は辿(たど)りついたのである。

≪政治は英雄的行為ではない≫

 私は何も、自分を信頼してくれたことに感動したのではない。多感でうなされるような情熱をもつ学生が、自分の突進する政治思想を懐疑し、他者の意見を聞くことで冷静に相対化しようと思ったこと、この姿勢に感動したのだ。

 なぜなら私にとって「政治」とは、誰か悪人を仕立てあげ、批判罵倒し「殺せ、引きずり降ろせ」と騒ぐことではないから。あるいは政治とは、生きる力を減退させることではなく、むしろ人びとの生活の営みを維持する生命をたたえた行為だと思うから。つまり政治は善人と悪人に腑分(ふわ)けし、自分を善人であると叫ぶ卑猥(ひわい)な快楽を意味しない。複雑な人間関係を調停し、終わりのない生活を支え続け、英雄的な行為とはまるで無縁なのが政治なのだと思う。

 こういう確信を抱いてきた私にとって、学生が自らの独善的な政治思想の暴走に思いとどまり、安易な正義感に浸った自分を戒めるために、研究室のドアの前に立ったことは、評価すべきだと思われた。真摯(しんし)な態度は、過剰に陥りがちな青春時代とはまた違う、若さだけがもつ熱い矜持(きょうじ)があった。それが資料に埋もれた私の頭を次第に冷やし、心地よい風が吹き抜けていったのである。(日本大学教授・先崎彰容 せんざきあきなか)

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