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百五十回忌の近藤勇 首は「会津埋葬」最有力? 愛刀のメモ調査、歴史館も支持

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百五十回忌の近藤勇 首は「会津埋葬」最有力? 愛刀のメモ調査、歴史館も支持

近藤の愛刀とされる「阿州吉川六郎源祐芳」。鞘には来歴が書かれたメモが貼り付けられていた(霊山歴史館提供) 近藤の愛刀とされる「阿州吉川六郎源祐芳」。鞘には来歴が書かれたメモが貼り付けられていた(霊山歴史館提供)

 江戸末期に結成された新選組の局長、近藤勇。戊辰戦争で新政府軍に敗れて処刑された後、その首が葬られた場所は京都説が最有力だが、百五十回忌を迎える今年、一般の研究家の調査で福島・会津説が“急浮上”している。幕末史料を多数所蔵する京都の霊山(りょうぜん)歴史館もこの説を支持し、根拠となる近藤の刀を入手、展示している。

 「下僕首を盗み生前の愛刀になりし此(こ)の刀を持ちて会津に走り密かに葬る」

 近藤の愛刀とされる「阿州吉川六郎源祐芳(あしゅうきっかわろくろうみなもとのすけよし)」の鞘(さや)に貼り付けられたメモ書きの文面の一部だ。内容は刀の来歴で、京都の三条河原にさらされた近藤の首を「下僕」が盗み出し、この刀とともに会津に持ち去って首を埋葬したというもの。寺社などから聞いた話といい、書いた主として「陸軍少将 若松市(現会津若松市)長 松江豊寿(とよひさ)」と署名されている。

 新選組の刀剣を約50年研究している東京都品川区の焼き肉店経営、権東品(ごんとうしな)さん(65)は平成27年7月、前の刀の持ち主から依頼され、来歴の事実確認を始めた。松江は地元・会津出身の第9代若松市長。松江自筆の履歴書を入手し、メモの筆跡と比べたところ、特徴が酷似していたという。

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