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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(21)天下人は、ひっかき集めた金を鷹揚に使い、世を回してゆく

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(21)天下人は、ひっかき集めた金を鷹揚に使い、世を回してゆく

金色に輝く織田信長像=JR岐阜駅前(関厚夫撮影) 金色に輝く織田信長像=JR岐阜駅前(関厚夫撮影)

  例年のごとく財力もひまもなく、わびしい限りのGW(ゴールデンウイーク)。じっとわが手をにらみながらなんとかほんの少しでもあやかる方法はないか-と、つくづく思う。織田信長のことである。彼は30代半ばで美濃(岐阜県)を制してまもなくすでに「天下一」の大金持ちとなっていた。

 仇敵(きゅうてき)・斎藤龍興が籠もっていた稲葉山城(後の岐阜城)を攻略してから2年後にあたる永禄12(1569)年6月(太陽暦)、宣教師のルイス・フロイスは記している。

 《堺の市は四行の許可状を得るのにおよそ四万クルザードを彼(信長)に贈り、大坂からは一万五千以上を、各僧院からは金の延べ棒を十本や十五本、二十本と贈った。然(しか)してこれは二、三度にわたり、諸城についても同様であった。したがって、彼の有する金銀の富は信じ難いほどであり、今や彼はこれを贈られるのに嫌気がさしている》(松田毅一氏監訳『十六・七世紀 イエズス会日本報告集』)

 当時のポルトガル金貨の単位である「クルザード」や「金の延べ棒」を持ち出されてもその価値についてピンとこない方も多いだろう。参考までにフロイスの別の書簡の記述を紹介すると、12年後、柴田勝家が居城のある越前から安土まで、1万人の家臣と1万人の人夫を率いてやってきたさいの道中の費用と豪華な衣装代は総計5万クルザード。また同じ重さかどうかがわからないのが難点だが、1571年秋時点での金の延べ棒1枚の値段は約70クルザードだった。

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