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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(19)人間は恐れる者より、愛情を感じた者を容赦なく傷つける

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(19)人間は恐れる者より、愛情を感じた者を容赦なく傷つける

織田信長と斎藤道三が会見したと伝えられる聖徳寺跡で=愛知県一宮市(関厚夫撮影) 織田信長と斎藤道三が会見したと伝えられる聖徳寺跡で=愛知県一宮市(関厚夫撮影)

 弘治2(1556)年4月20日(旧暦)、織田信長の岳父(舅(しゅうと))にあたる斎藤道三は「長良川の戦い」で、その長男、義龍の大軍を迎え撃ったが一敗地にまみれた。そしてかつての家臣たちに首をうたれ、鼻をそがれる。

 『信長公記』の作者、太田牛一は、骨肉の戦いへの種を自らまいた観のある老年期の道三について、「智慧(ちえ)の鏡も曇り」と評した。またお師匠(マキャベリ)様(さん)は『政略論』でこうのたもうている。

 《人の運不運は時代に合わせて行動を吟味するか否かにかかっている。ある者は感情の激するままに事を運び、ある者は用心に用心を重ねて事を進めていく。どちらのばあいでも、限界を踏み越えやすく、適切な方法を守りとおしえず失敗に終わる》(※1)

 諸史料を総合すると、義龍が反旗のクーデターを決行したのは長良川合戦の5カ月前。道三ともあろうものが「感情の激するまま」というか、「情に溺れた」というのか…。彼が義龍よりも2人の弟の方をかわいがるようになったばかりか、義龍に譲ったはずの家督を取り上げ、弟に与えるような動きを見せたことが離反の原因だった。義龍はこの2人の弟をだまし討ちし、稲葉山城(後の岐阜城)を占拠する。

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