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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(18) 理想論に走り、人が生きている実態を見落とす者は自滅する

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(18) 理想論に走り、人が生きている実態を見落とす者は自滅する

斎藤道三像(東京大学史料編纂所所蔵の模写) 斎藤道三像(東京大学史料編纂所所蔵の模写)

 『信長公記』によれば、「大うつ気(け)」「大だわけ」ともっぱらの評判だった若き日の織田信長に、尋常ならざる器量(お師匠(マキャベリ)様(さん)流に言うならば力量(ヴィルトゥ))を認めた同時代人は3人…。

 (-というような書き出しでは、お師匠様から「知っている奴(やつ)はよく知っているような話をもったいぶって書くなと前にも言っただろうが!」と大目玉をくらうことは必定である。しかし、こう始めないことには、今回は話が続かないのだ。読者の方々はご堪忍、お師匠様にあられてはお怒りをひとまずおさめたうえで、お読みいただきたい)

 さてはまず、それでも信長を跡取りとした父、信秀。次に、その信秀の葬儀のさい、だれもが眉をひそめた信長の振る舞いを見て「あれこそ国は持つ人よ」と断言した九州からの旅僧。そして岳父(舅(しゅうと))である美濃(岐阜県)の覇者・斎藤道三である。

 もともと道三は、「信長はたわけなどではない」と周囲に語っていた。また初対面が実現したさい、父、信秀はすでに亡く、数えで20歳になっていた信長が、道中の野武士くずれのような格好から一転、一分のすきなく正装して会見の場に臨んだこと、また後に道三が「あれをたわけと言うならば、残念だがわが子供は、そのたわけの軍門に降るだろうよ」と述べたという話はよく知られている。

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