産経ニュース

「吉田松陰の短刀」140年経て米国から帰還 新井家が寄託、前橋市が「本物」と認定 前橋文学館で公開

ライフ ライフ

記事詳細

更新


「吉田松陰の短刀」140年経て米国から帰還 新井家が寄託、前橋市が「本物」と認定 前橋文学館で公開

寄託された「松陰の短刀」。手前から鍔、切羽、銘が彫られた刀身、小柄、鞘と金細工が施された柄。奧の袋は「小葵紋」の絹製で市は寿が作ったとみている 寄託された「松陰の短刀」。手前から鍔、切羽、銘が彫られた刀身、小柄、鞘と金細工が施された柄。奧の袋は「小葵紋」の絹製で市は寿が作ったとみている

 明治9年、群馬産生糸の直輸出ルート開拓のため渡米する新井領一郎に初代県令・楫取素彦の妻、寿(ひさ)が贈った吉田松陰形見の短刀。「渡米を果たせなかった兄・松陰と思い一緒に」と告げた有名なエピソードの証拠の品が、子孫から前橋市に寄託され、市が鑑定し「松陰の短刀」と認定した。米国で4世代にわたって受け継がれた“松陰の魂”は140年を経て日本に戻り、31日から前橋文学館(前橋市千代田町)で一般公開される。(住谷早紀)

■知られていなかったエピソード

 水沼村(現・群馬県桐生市黒保根町)出身の領一郎は、東京商法講習所(現一橋大学)で学び、水沼製糸場創始者の実兄・星野長太郎の命で群馬の生糸を海外商社を介さず直輸出するために渡米した。その後、生糸貿易で成功し、日米貿易の基礎を築き、生涯で90回太平洋を渡ったとされる。

 「松陰の短刀」は最初の旅立ちの際に受け取った記念の品だが、実は渡した楫取家でも、受け取った新井家でも、このエピソードは詳しく語り継がれておらず、知らない子孫の方が多かった。

■松陰の妹・寿が贈った短刀

 世に発表したのが領一郎の孫、ハル・ライシャワー(1915~98)。駐日米大使エドウィン・ライシャワーの妻としても知られるハルが、1986年に家族史として出版した「絹と武士」の中で、学生時代、米国留学中にコネティカット州の祖母(領一郎の妻、田鶴)から聞いた話として紹介している。

 田鶴はハルに短刀を見せ、寿の語った「この品には兄の魂が込められ、その魂は兄の夢だった太平洋を越えることによってのみ安らかに眠ることができる」との言葉を伝えた。

続きを読む

このニュースの写真

  • 「吉田松陰の短刀」140年経て米国から帰還 新井家が寄託、前橋市が「本物」と認定 前橋文学館で公開

「ライフ」のランキング