産経ニュース

【文芸時評】4月号 早稲田大学教授・石原千秋 『騎士団長殺し』の宛先

ライフ ライフ

記事詳細

更新

【文芸時評】
4月号 早稲田大学教授・石原千秋 『騎士団長殺し』の宛先

石原千秋さん 石原千秋さん

 漱石は漱石らしくない。

 漱石没後100年、生誕150年と、2年続きの漱石記念イヤーの余波で、この春休みはほとんど漱石の仕事ばかりしていた。改めて主要な作品をすべて論じてみて、「漱石は漱石らしくない」という言葉が自然に浮かんだ。正確に言えば、「漱石ほど漱石らしい作家はいないが、漱石ほど漱石らしくない作家もいない」とでもなるだろうか。作品名を伏せて『吾輩は猫である』と『明暗』を読んでもらって、いったい誰が同じ作家の作品だと答えるだろう。無責任とでも言いたくなるほど、変わり続けた作家だと実感した。

 それでいて、『猫』も『明暗』も漱石らしいといえば漱石らしい。「漱石文学」から「漱石らしさ」を引き算しても、常に何かが余剰として残る感じだろうか。しかもその余剰がまた「漱石らしさ」でもある。実に不思議な作家だと思う。特に『明暗』は、それまでの漱石のどの作品とも似ているが、どの作品とも似ていない。それまで男が担っていた問いを女が担っているからだ。これを「漱石の文学的転回」と呼んでおきたい。『明暗』が最晩年の作品となったのは偶然にすぎないが、それでも最晩年にあれだけの「文学的転回」ができた若々しさにただただ驚いている。

続きを読む

「ライフ」のランキング