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【維新150年 高知編(6)】三菱マークのルーツ 重なった山内・岩崎両家

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【維新150年 高知編(6)】
三菱マークのルーツ 重なった山内・岩崎両家

「三階菱」の家紋が刻まれている岩崎家の土蔵の鬼瓦 「三階菱」の家紋が刻まれている岩崎家の土蔵の鬼瓦

 藩の老公・山内容堂に引き立てられた象二郎は、長崎における藩の出先機関で、貿易・海運業などを担っていた土佐商会を弥太郎にまかせた。持ち前の押しの強さで、外国商人と対等の取り引きをし、龍馬の海援隊にも資金援助をした。

 明治元(1868)年9月、弥太郎ははじめて容堂に拝謁した。元地下浪人の弥太郎と容堂とでは、「天と地」ほどの身分差があった。容堂は「商会のことはいっさいを委任する」と語った、とされる。

 --生家の西方には、妙見山の稜(りょう)線(せん)が南北に長くのび、山頂付近に星神社という古社がある。弥太郎は江戸遊学のさい、神社の壁に「吾れ志を得ずんば、再びこの山に登らず」と大書した。容堂に拝謁したとき、弥太郎の脳裏に「三階菱」と「三ツ柏」の合体マークが鮮やかにひらめいた、と思いたい。

(福島敏雄)

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