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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(15) はるかな実力差のある相手にはあらゆる手段で友好せよ

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(15) はるかな実力差のある相手にはあらゆる手段で友好せよ

 このあたり、約60年後、数えで27歳のときに桶狭間合戦で東東海(ひがしとうかい)の覇王・今川義元を討ち取り、一挙に歴史の主舞台に躍り出た信長の姿に重ならないではない。

 さてここで、チェーザレ・ボルジアが台頭してきた1500年前後におけるイタリアの勢力分布について少し説明をしたいのだが、以降、図の方もぜひご参照あれ。

                   

 さすがに戦国時代。イタリアは当時、見事なほどに群雄割拠であり、つねに他国からの侵略・干渉を受けるという悲劇的な状況にあった。

 南部の大国・ナポリ王国はフランス王家もからんだ抗争の後、スペイン王家の支配下に入り(~1504年)、北部の雄・ミラノ公国はフランス王家の占領下にあった。

 独立を保っていたのは主として海の覇者・ヴェネツィア共和国とイタリア中部地方だったが、後者は四分五裂。フィレンツェ共和国を筆頭とした都市国家や僭主(せんしゅ)(独裁制をしいた君主)国家が乱立していた。なかでも「ローマ教皇(法王)領」ではその北部の「ロマーニャ公国」を中心に僭主や封建諸侯が地域ごとに覇を唱えていた。このため、現職の教皇が野心家で“やり手”である場合、領内をいかに統一し、拡大してゆくのかが、最大の関心事だった。

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