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【維新150年 高知編(5)】慕われた中岡慎太郎

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【維新150年 高知編(5)】
慕われた中岡慎太郎

復元された北川村の中岡慎太郎邸。近くの寺には墓所もある 復元された北川村の中岡慎太郎邸。近くの寺には墓所もある

 雨に濡れた奈(な)半(は)利(り)川沿いの道を、タクシーはくねくねと走った。「U」字形にまがる急カーブもあり、いくつものトンネルを抜けていくうちに、窓外の奈半利川は渓流のような流れになっていた。

 川沿いにある北川村は、山あいの集落群である。スギなどの木々は、維新期までは土佐藩の貴重な財源となっていた。「御(お)留(とめ)山」と呼ばれ、勝手に伐採したりしたら厳罰に処された。

 山の中腹の台地状の広場に出た。「柏木」という集落で、中岡慎太郎の生誕地である。記念館や生家(復元)、慎太郎像などがあった。

 大庄屋の息子として生まれた慎太郎は、20歳で庄屋見習となった。不作の年には、みずからの田畑を担保にし、近くの村の富農から米を借り入れて年貢としておさめ、村人にも慕われた。

 武市半平太とも面識があった慎太郎はこのころ、すでに尊皇攘夷の思想に目覚めていた。長宗我部以来の土着の土佐人は、掛川からやってきた山内家をヨソ者あつかいし、敬愛の念はうすかった。インテリ層の庄屋は天保年間に、「庄屋は山内家ではなく、天皇から任命された職である」という、やや突拍子もない秘密同盟まで結んだほどだ。

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