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【マキャベリ流-是非に及ばず】NOBUNAGA(14) 勝利はぬけ目なさ、力、幸運による。正義ではない

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【マキャベリ流-是非に及ばず】
NOBUNAGA(14) 勝利はぬけ目なさ、力、幸運による。正義ではない

長篠合戦古戦場の夕景=愛知県・新城市設楽原歴史資料館の屋上から(関厚夫撮影) 長篠合戦古戦場の夕景=愛知県・新城市設楽原歴史資料館の屋上から(関厚夫撮影)

 前回、「長篠の戦い」や「三方原の戦い」を語っているうちにお師匠(マキャベリ)様(さん)にさんざんたたかれるはめに陥ったが、これくらいでめげるわけにはゆかない。こだわるわけではないが、反省用の「顰(しか)み像」を描かせたかどうかは別として、徳川家康だって三方原の惨敗を糧に、わずか2年半後には長篠で雪辱を果たしたばかりか、あとは連戦連勝だったではないか。

 「ほう? お前は、天下人と自分を比較できるほどのご身分なのかね」

 そんなお師匠様の皮肉が、どこかから聞こえてきたような気がするが、屈しまい。気を取り直して話をすすめることにしよう。

                   

 《信玄の所行は、まことに前代未聞の無道、侍の義理を知らず、只今(ただいま)、都鄙(とひ)の嘲弄(ちょうろう)を顧みざるの次第-》

 怒り心頭の織田信長、である。「都鄙」とは都会と田舎-「全国」また「天下」のことだ。元亀3(1572)年11月20日(旧暦)付の信長の書状(原文は漢文)。この一文は《是非なき題目(言語道断)》と結ばれている。

 若干意外、の観があるのだが、あて先は当時、信長が同盟を結んでいた越後(新潟県)の上杉謙信。文中にある「信玄」とはもちろん武田信玄で、1カ月半前、信長と雌雄を決すべく、2万5千の精鋭を率い、甲斐(山梨県)を発していた。

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